―ユニウスセブンが地球に向かって動いている?!― ―原因はわかりませんが― ―ミネルバは急遽、破砕作業に支援に向かう― 運命は動く 沢山の者の想いと共に それは悲しみであったり 希望であったり 策略でもあり 隠された事実もあった 残酷に動く運命 落ちる母の墓標 『ドラッグ〜X〜』 「かはっ…っあ…ぅえっっ」 ユニウスセブンに近付く度に襲われる吐き気 だが食事をまともに取っていなかったアスランから吐き出されるのは胃液 ツンとした臭いに更に吐き気を伴い悪循環だ ようやく吐き気も治まると先程の少女と少年との会話が蘇ってくる 少女―カガリ―の放った言葉 『まだそんな考え方をしているのか?!ザフトは!!』 それはまるでザフト全ての者がそういう考えを持っているのだと言われているようで嫌だった ザフト全てがそういう考えであるはずもない しかしカガリはザフト全てが、という発言だ アスランもザフトにいた人間として そして彼―イザーク―がまだザフトにいる事も知っていてその発言なのだろうか? 否、知っていないというのは可笑しいだろう カガリとアスランはオーブの人間とザフトの人間をして再開を果たしている 知っていての発言 無意識なのだとしてもあまりにも無神経な発言に取れて仕方がない 少年―シン―が放った言葉 『アンタ達はあの時自分達の言葉で誰かが死ぬことになるのかちゃんと考えてたのかよ!!!』 シンから吐き出された言葉に言葉が出なかったのは答えがなかったから 考えていなかったのか?と言われればきっとあの人は考えてはいただろう が、その所為で死人、難民が出たのは事実だ 職を失い 家族を失い 絶望を感じた市民も少なくはないだろう アスランにはそれがわかってしまった だから答えなど無かったのだ だが、シンの発言、行動は軍人としては良くない行動だ 個人的意見ではないにしてもその根底にあるのは個人の感情 軍人であるからそれを全て隠せとは恐らく、誰もいえないであろう が、軍人としては相応しくはない アスランは水で口を濯ぐと先程まで泣きながら自分に抱きつき眠ってしまったカガリを思い出す 泣いていた少女 だがアスランが分かってしまうのは少年の想い 家族を失い戦場に身を置いた それは以前のアスランと同じだったからだろう ユニウスセブンの事件で母を失い戦場に身を置いた 回りなど見えずただ 戦って 闘って たたかって タタカッテ 自分を追い詰めていった そして今も後悔している 自分を追い詰めているのかもしれない だが今、自分に出来る事がある それはまた後悔するかもしれない 同じ道を歩んでしまうのかもしれない だが行動を起こさずにはいられなかった 「無理を承知でお願いします 私にも 破砕作業の支援を手伝わせて下さい」 艦長が無理なのだと言い クライン派の一人アイリーン・カナ―バのした事が無駄になってしまうと言う だがユニウスセブンはアスランにとって離れられない、忘れられない場所でもあった 母があそこで死を迎え遺体も恐らくはまだあそこ そして父が変わってしまったきっかけにもなった場所 だからこそ自分もいかなくては、と思ったのかもしれない アスランは議長の特別な計らいにより破砕作業を手伝う事になり手を通すのは懐かしいパイロットスーツ ソレを着た瞬間にはもう吐き気は消えていた 軍人としての行動がまだ残っているのかと思うとアスランは苦笑を浮かべ溜め息を吐いた 『またコレを着て俺はMSに乗る』 だが戦う為ではない 母の墓標をせめて自分の手で・・・ グっとグリップを握ると入ってきた通信 それは聞き覚えのある名前で 否、忘れることなど出来なかった人物のファミリーネーム ―ジュール― 「イザー…ク?」 バクバクと鳴る心臓にアスランは息苦しさを覚えたが 少女―ルナマリア―の挑発的な言葉に意識を全身へと集中させた 彼があそこにいる それだけで前のような負けず嫌いな性格が現れたのかもしれない あそこではもう既に油断してはならない戦いが始まっているのだろう 気を抜けば殺られる― 発進の合図と共にアスランは宇宙へと飛び出す 懐かしいが悲しい記憶の宇宙 外へ出ればそこは闇と光 懐かしき戦場、宇宙 だが、思い出されるのは嫌な思い出ばかりで無い事にアスランは気付き微かな苦笑をもらした 此処―宇宙―は掛け替えの無い仲間達とも過ごした場所 出逢った場所 彼等とも思い出も確かに残っている宇宙 ユニウス・セブンではもう既に戦闘が始まりそこら中で爆発音が聞こえる アスランは心臓が静かになり 周りはシン…と静まり返ったかのような錯覚さえ覚える それを打ち砕いたのは新しく紅を纏う者達の声と行動 それに此処へ来た目的は破砕作業の手伝いだと告げるがそれを聞いてくれるはずも無い それも、そうか…とアスランは変な所で冷静にその行動を見届けてしまう ザフトから抜け出しオーブへ移った自分 彼等にしてみれば今の自分はただの民間人であり ただの裏切り者なのだろう だが、この戦場で感傷的になっている暇は無い アスランの機体に迫ってくる機体―カオス― 確かにこれでは破砕作業等、出来ないが、それでもしなくてはならないのだ 此処で梃子摺っていては地球にいる者達が危ない それだけは何としてでも食い止めなければならない ソウ、ヒゲキハクリカエシテハナラナイ― アスランの思考が低下し、目の前の敵をただ倒す為だけに動こうとした瞬間 地面が割れるような鈍い音に我に返った 自分は今、何を… 戦う為ではない救う為なのだと言いながら 今、自分は… 「グレイトっ!!」 自己嫌悪に陥ろうとした時に聞こえた懐かしい仲間の声 ―あぁ、何でお前達はそんなにタイミングがいいんだろうな…― 「たが、まだまだだ…」 その時はただ自然に言葉を出していた 変わらない彼等 変わらずに自分に接してくれるイザーク あんな別れ方をしてしまったのに 理由も問わずにただ、昔のように接してくれたのが涙が出てしまいそうになるくらいに嬉しかった ぶつかり合う機体 放たれる光 困難な筈の作業だったはずなのに三人だと… 何故か簡単に思えてしまい、忘れそうになってしまう 自分は彼等を裏切ったんだと… 破砕作業を進める中、機体の降下限界までいつの間にか到達しておりこれ以上、機体での破砕作業を進めるのは危険である その警告に離れていく彼等の機体 そしてアスランも又、帰還命令に従い帰ろうとするが見つけてしまった 作動直後で放棄された破砕作業用の機械 あれ一つだけ作動させるだけでも外からの攻撃だけに比べ、かなり違ってくるだろう 気が付けばアスランは放棄された機会を作動させそうとしていた これだけでも これだけでも作動させたら救える命は確実に増える…― 「何してるんですか?!アンタは!!帰還命令、出たでしょう?!」 「あぁ、だから君は帰れ」 ―君はまだ未来があるから― 「なんで…貴方みたいな人がオーブなんかに…」 シンにしてみればアスランと言う名の人物が不思議でしょうがなかっただろう シンが思うオーブは綺麗な理想の為に国民を犠牲にし、国を滅ぼし… 妹を家族を殺した…国… だが、それを悪いとは思わず あの行為は正しかったのだと綺麗な理論を並べて まるで…犠牲になった国民の事など、どうでもいいように聞こえてしまった 綺麗事で塗られただけの 何もしない国 それが今のシンのもつオーブのイメージ そこの代表、そして護衛全てが同じなのだと考えていた だが、目の前のアスランは自分の命など顧みずに地球の人の命を救おうと必死に戦っている そんな人がオーブにまだ、いたなんて… シンには信じる事が出来なかった 感傷的になっていて油断したのかそこには、まだ生き残っていた過激派達 叫ぶように訴える言葉には悲しくもなってしまう 家族を理不尽に奪われた憎しみ 止められぬ感情 分かってしまう 悲しみ 苦しみ 憎しみ が、その過激派の一人の言葉にアスランの心臓は凍り付くような感覚を覚える程に衝撃が与えられる まだ… まだ…いた… パトリックの訴えに賛同し 手を挙げ力を掲げた者… まだ…あの時の悲劇に全てが囚われてしまっている者 何も見えず、ただ…憎んだ いや、憎んでいるのだ 「何故、分からぬ!!パトリック・ザラの示した道が唯一正しき道と…!!!」 「…………っっ」 それからの事をアスランはあまり覚えていない ただ、必死に何かの為に生きようと思った事だけは覚えている程度だ 時折、記憶が途切れてしまう これも…あの時と同じ アスランが薬を使っていた時の症状によく似ている 身体は動いている 喋ってもいる なのに、何をしていたのか 何を喋り、誰と接していたのかその時の記憶だけ抜け落ちている あの時と同じ…? おなじ… オナジ… 症状がまた出始めた…? 「……………ぅっっ」 此処では駄目だ 外へ… 外の空気を吸えば… フラフラとアスランが艦内を歩いていると聞きなれた音と火薬の臭い 外へ繋がるデッキへ顔を出せばそこには射撃訓練に励むルーキーの姿 アスランは懐かしさからかフ、と笑みを浮かべてその光景を眺めていた 懐かしい光景 少し前まではアスランもあの光景の中で仲間同士で点数を争い 競って、個々の能力を高めていった とても居心地の良かった世界 「やります?」 赤い髪の少女―ルナマリア―に銃を渡され、そのずしり…とした重さにアスランは懐かしさと切なさが込み上げ 困った風に笑いルナマリアに返そうとするがそれを拒むように手本を見せて欲しいと急かされてしまう 久しぶりに握った銃の感触はブランクがあるとはいえ、身体は忘れていないようだ しかし、久しぶりに笑った気がする と銃を握り練習台の前へ立った 少しだけ 少しだけ嬉しかったのだ 父は悪いだけではなく、少なくとも彼等には英雄であり プラントを救い守ってくれていた者だと プラントの為に必死だったのだと理解してくれる人がいる それがアスランにとって少しだけ嬉しかったのだ アスランの設定したモードが終了し、その場を去ろうとした瞬間、視界に入ってきたのは紅の瞳を持つ少年―シン― その彼が壁にもたれ、こちらを見ていた 何を言うわけでもなく ただ、コチラを見ていた 居心地が悪いと感じるのは恐らく、似ているから 逃げられない、紫の瞳に… 「貴方はオーブで何をしているんです…?」 アスランは答えられなかった 自分の存在意義 自分がいる理由 もう分からなくなっていたのだから… そして少女の放った言葉に敏感に反応してしまう自分は滑稽だと 自分で自分を愚かに感じた瞬間でもあった 「誰だよ…敵って…」 オーブに付いてからもアスランの居場所など無いに等しい 他の者達から見ればただの護衛 カガリのお目付け役 何も出来ない 此処では何も出来ない 地球の状況はテレビからでもキラ達から聞いても散々な者でしかなかった 津波が起き 人々は恐怖に包まれ怪我をした者、死んだ者、行方がまだわからぬ者 自分は何をしたのだろうか…? アスランの胸の中ではもやもやと霧のかかった何かが渦巻き 此処では何も出来ない自分に苛立ち、悔しくて、何かがしたかった 何かが…― その時に浮かんだのが議長の言葉と顔 彼は自分を知っている 彼の所へ行けば何かが出来るのではないのか? 何かを知ることが出来るのではないのか? 此処では出来ない何か…― そしてアスランは決断する 自分はまた宙へ行き、何が出来るかなどまだ何も分からないがそれでも何かが…― 穏やかな朝、カガリが申し訳無さそうに自分に近付き謝罪してくるのはもう慣れてしまった 申し訳無さそうに謝られてもアスランには笑って大丈夫だ、平気だと言う以外に選択肢など此処ではないと言うのに… アスランが再び、宙へ行くと告げるとカガリは哀しげな表情へと変わるがそれでも此処へいても何も変わらない、分からない だが、プラントへ行けばもっと詳しい状況を知ることが出来る これは自分の為でもあるが オーブの為なのでもあるとその時のアスランは信じて疑わなかった 「…ぁ…これ…」 そして何かを思い出したかのように差し出したのは赤い鉱石が埋め込まれている指輪 此処で花を贈るのはどうかと思われ だが、他に何か…と考えれば自分の首元で光る銀の指輪 ただの指輪に助ける効果とかは無いがそれでもあれば支えてくれたものでもある 自分が情けなくて泣いてしまいそうな夜は何度も救われた だから、カガリにも少しでもこの指輪が支えになればいい そう思ったのだ 遠くなっていく地上にアスランは少しの寂しさと安堵感を覚えたのは 友人から離れる寂しさに何も出来ない場所から離れられる安心感だろう 宙へ上がったシャトルの窓から空を覗けば先日、戦っていたのがこの空間なのは嘘のように静まり返っている宇宙 そこは自分を受け入れてくれるように穏やかな時間が流れ、確実にプラントへと近付いている 近付くと同時に強くなる疑問 自分の意思で此処へ来た 正しいと思ったから 彼なら信用出来ると思ったから だから此処へ来た 此処へ来て後悔しないのだろうか? 此処へ来た事は間違いでないのだろうか? 彼は…信用しても大丈夫…だと信じたい そして、議長に逢う為にこのプラントへ降り立ってからどれ程の時間が過ぎたのだろうか? ただ、刻々と時間が過ぎ 思考は糸が絡まるようにすんなりと何かの答えには行き着きはしない 一緒に付いて来た者へ一言告げるとアスランは部屋を離れ 思考を少しでもスッキリさせるように流れる水を少し眺め顔を洗う だんだんと不安になってしまう 本当にこの決断は正しかったのか? この地に来た事は間違ってはいないのか? 思考は考えれば考える程に乱れる 混乱する 頭痛がする 今、何も出来ない自分に嫌悪感が生まれる 吐き気がする 何をしたいのか? 何をすればいいのか? 何が正しいのか? 「……っぅ…は…えぅっ」 アスランは込み上げる吐き気を抑えその場から離れ 元の部屋へ戻る為に長く白で統一されている廊下を歩く 聞こえるのは自分の歩く靴音 だが、今はそれさえも他人のもののように聞こえ、自分が此処にいるのか?ちゃんと歩けているのかさえも疑問に感じてしまう だがその時、聞きなれているはずの声によく似た声に視線を周りへと巡らせた その声はアスランにとってよく知っているはずの声 少し高い透明感のある元婚約者―ラクス―の声によく似ているのだ ラクスによく似た声を持つ人物を視界に捉えた瞬間アスランは息を呑んだ 何故、彼女がここにいる? 彼女は此処へはいないはずだ アスランは眉を寄せ桜色の髪を持つ少女を見つめた 視線に気付いた少女はゆっくりとその視線の先の人物を捕らえるとその顔に満面の笑みを浮かべその距離さえ遠いかのように階段を駆け下りアスランへと抱きつく 「アスラン!!」 「…ぇ?」 「アスラン!!ようやく来てくれたのね ずっと待ってたのよ、私」 「ぁ…え…?」 だが、アスランは少女が何者なのか混乱はしていたが一つだけ確信をしていた この少女は本物ではない、と 本物であれば自分にこんな風に満面の笑顔で嬉しそうに抱きついてくるはずが無い 彼女が自分の傍に居たのは義務のようなものであって愛情ではなく それに彼女が必要とし求め待っているのも自分ではない アスランはどこか冷めた感情でそれを考えるが、だが目の前の少女は本当に嬉しそうにしている姿を見ると混乱してしまう しばらくすると彼女の護衛の者なのだろうか、アスランから離れようとしない少女に時間がない事を告げ 少女はつまらなさそうな拗ねたような表情をし少し名残惜しそうにアスランの身体から離れた 嵐のような出来事にアスランは暫らく立ち尽くしていたが此処へ着た目的である人物が向こう側から歩いて来るのを確認すると声をその人物―ディュランダル議長―もアスランだと確認すると微笑を浮かべアスランを待たせていた事を思い出し謝罪を述べる アスランは部屋に連れられ待たされていた理由がプラントへと放たれた核の所為だと知り 背筋が冷たくなる感覚に身体を微かに震わせた 思い出されるのはユニウスセブンでの母の死 全てはアレから始まり そして今もその呪縛からは逃れられない 自分も プラントも そして物語は終章へと向けてゆっくりと進みだす 沢山の者の思いを乗せて ゆっくりと、だが確実に… 再び、立ち上がる炎 望んだ平和はまだ訪れない 穏やかな時間はまだ… その中で蝕まれていく精神 身体 魔の薬 それはまだアスランを手離した訳ではなく ただ、待っていた 眠って 静かに… …待っていた… アスランが再び壊れていく時を… 不安なんです 何も出来ない自分が 何もする事の出来ない自分が 本当に此処に必要なのかと… 不安で不安でしょうがないんです 何も出来ないのは此処で存在いしていいと誰にも言われていない気がして 必要ない気がして 自分が不必要な人間に思えて… |