―核が撃たれた?!― ―ヤツらとは戦うしかない!!― ―犠牲が出てからでは遅いんだ!!!― 再び、撃ち放たれた核 混乱する市民―プラント そこで流される人物の映像 プラントでは、いや… 全世界で誰もが知っているラクス・クライン 『皆さん!!聞いてください!!!』 ラクス・クライン… 『この度のユニウスセブンの事 またそこから派生した地球連合軍からの宣戦布告はじつに悲しい出来事です…』 いや、違う… 『ですが、怒りにからえれ、想いを叫ぶだけでは それはまた、新たな戦いを呼ぶもとなり 悲劇を繰り返すばかりです』 ラクス・クラインに良く似た少女―ミーア・キャンベル― 薄暗い一室で議長を言葉を交わしていたアスランはその映像に釘付けにされ、 混乱した思考では隣で笑う議長を見るしかない いない筈のラクス・クライン 同じ声 同じ顔 だが、違う 「笑ってくれて構わんよ」 戸惑うアスランに議長はそう告げると視線をアスランから画面に映る少女―ミーア―に戻し 少しだけ切なそうに表情を歪めて先を語った 彼女の力は自分よりも強いのだと そして… アスランも又、その一人なのだと… 案内された格納庫 中に入ればライトアップされた機体 最新型の一つなのだろう この機体を見た瞬間、アスランが確かに感じた身震い 怖いのではない 鳥肌が立つほどに色んな感情が押し寄せてコントロールが難しいのだ そして放たれた誘いの言葉 「コレを君に託したいのだよ…」 議長の言葉は悪魔の囁きにも似ていて、身体に染み渡るような 何かに操られたかのような錯覚に頭の中がボーっとしていくのをアスランは感じた 議長の言う事はどれも正当性を持っていて誰もその言葉に不信感を持つものや反対意見を唱える者はいない 全てが正しく聞こえてしまう いや、正しいのだ 力なくてはただ、滅ぼされるのを待つしかない 武力行使はしない だが、そのまま居ては何も守れない それどころか悪い方向へと進んでしまう可能性さえあるだろう 無闇に力を振るいはしない だが、守る為の力はどうしても必要なのだ 「急な話だ すぐに心を決めてくれとは言わんよ」 少し戸惑う仕草を見せるアスランにそう言うと、議長は少し微笑みかけ、説明のような言葉と他愛の無い会話を少し交わした後 議長とアスランは今日の商談とも見える対談を終らせた だがアスランは悩む 心は決まっているはずなのに迷う思考 何故、迷う必要がある? 迷う要素等どこにも無いはずなのに… 議長と別れ、ホテルに戻ってからも同じ疑問がアスランの思考の中をグルグルと回り、少しも解決の糸口は見つからない 何故、自分は迷うのか 何故、自分は戸惑うのか 何故、あの機体を見て素直に受け取れずにいたのか アスランは混乱する思考の中で溜め息を一つ吐くと、手元にあるリモコンを手に取りTVを付けチャンネルを代えていく だが、どれも興味のそそられる番組はやっておらず殆どの番組は核攻撃の事やラクス…いや、正確にはミーアの事ばかりだ カチカチと代えていく番組の中で、フと聞こえたピアノの音色 それは優しくもあり、力強い 流れる穏やかな音色に浮かぶのは一人の少年 優しく 穏やかで 強い 自分を兄のように慕ってくれていた少年―ニコル― そこで浮かぶ自分の気持ち ―あぁ、そうか…自分は怖かったんだ…― 戦場に出る事でまた誰かを失う事が 自分の所為で死んでゆく命が ただ、怖かった… アスランはゆっくりと深呼吸すると此処に来て初めてちゃんと呼吸が出来たような錯覚に陥る どこで顔が知れているか分からないプラントで慌しく過ぎる時間 息の付く余裕さえなかった自分にアスランは苦笑を浮かべてベッドへ倒れるように寝転んだ フ、と人工の空を眺めれば此処とはそう遠くない位置にニコル達の墓がある事を思い出し、行けるならば行きたい アスランは微かに苦しくなる胸を押さえそう願う もちろん中に遺体はない それでも、あそこならば自分にけじめが…ニコル達にちゃんとした自分の想いが伝る、そんな気がしてならないのだ 行きたい いや、行かなくてはならない ニコル達の為にも そして何より自分の為に アスランは決断すると備え付けの電話を手に議長へと回線を繋げ、取り外出許可を申し入れた たとえ友好国から来たとはいえ、この不安定な情勢で勝手に動くことは出来ないのだろう もしかしたら、無理だと言われるのではないのだろうか? 核を撃たれ再び開戦された戦い 例え、ミーアの演説で市民の混乱は一時、解消されたとはいえ また何時、混乱が核攻撃が起きるかは不明だ だが、アスランの不安とは裏腹に議長から出された外出許可 明日、ホテルに迎えが来る事になりアスランは安堵と久しぶりに行ける仲間の墓に穏やかに笑みを浮かべ、 今はその気持ちを壊さぬよう早々に瞳を閉じた 朝、アスランは朝食も食べずに椅子に座り人工の空を再び眺めていた 人工の空の筈なのに移り変わる空の景色はまるで自然と空と酷似している このプラントの空を設定したコーディネーターは地球を追われながらも地球の空を忘れられずに たとえ人工でも、ニセモノの空だと分かっていても地球と同じように見える空を夢見たのだろう そして自分も、そして死んだ仲間達もこの空が好きで このプラントを守りたかったのだ 静かで穏やかな時間 それを破ったのは人が来たことを告げる電子音 恐らく、昨日言っていた迎えの者がやってきのだろう アスランは上着を羽織るとロックを外し、ゆっくりと開いたドアからは見覚えのある いや、逢いたくてどうしようもなかった人物が立っていたのだ あの時よりも少し大人びた風貌で だが、纏う雰囲気はあの時と変わらない あの時のまま… 「……イザーク…」 その時、一瞬だが確かに時が止まった気がした… 胸倉に掴みかかるイザークの腕にアスランは一瞬、息を飲むがそれは恐怖などではなく、悲しい程に知っているから 彼―イザーク―が怒っているのは忙しい合間に呼び出されたからではない それは、ディアッカが居る手前での言い訳だろう 本当に怒っているのは何故、アスランが此処にいるのか?と言う事だ あの時に比べれば穏やかになったプラント しかし、アスランが一人で訪れたり、出歩いたりするのはまだ、危険過ぎる それを分かっていて此処にいるとしたなら それを分かって奴らが此処へ来させたと言うのなら こんな命懸けのゲームなど笑えない だが、アスランはイザークの怒りも分かる それでも今、逢えた事実が嬉しい 昔と変わらないようなやり取りにディアッカは窓に凭れ苦笑しながらその風景を眺めていた 変わらない 今は、まだ… アスラン達は部屋を出ると用意されていたエレカに乗り込み、懐かしい景色を眺めながら いや、その時は景色など見ていなかったかもしれない 久しぶりに再会した所為なのだろうか 走る車の中で会話は尽きる事無く、この時間が恐ろしいほどに楽しいと感じてしまう このまま、あの時に戻れたらどれ程、嬉しい事だろうか だが、世界の均衡は崩され、崩壊しようとしている 自分だけの幸せは許されない あの落下を完全に阻止出来なかったのなら尚更 楽しい筈なのに忘れる事が出来ない アスランはそんな自分に苦笑を浮かべながらもいつか… また、世界が平和になって まだ、自分のワガママが許されるなら此処へ帰って着たい それがアスランの唯一の願いでもある 車を降り、自然に囲まれたニコル達の墓 墓標に書かれたミゲル、ラスティ、ニコルの名前 それは彼らがもうこの世にはいないという事実 若くして願いを叶えられぬままに死んだ仲間達 どうか、安らかに… そう願いを込め彼等の敬意をしめし敬礼をそれぞれの墓の前で行った 勇敢で優しくて戦中でも笑顔を忘れずにいた彼等 そんな彼等だからこそ、アスランは此処で いや、仲間たちの魂が眠る此処でなら決断出来ると信じいたのだ しばらくの沈黙の後、やはり沈黙を破ったのはイザークだった 積極的自衛権の行使 やはりザフトも動くのだと、予想していた事とはいえ再び広がろうとしている戦火に胸が痛い だが、本気でプラントを壊滅させるつもりならばこちらも動かなくては市民は混乱し反乱さえ起きてしまうかもしれない これは正しい判断だといえるだろう 「で、貴様は…? 何をやっているんだ?こんな所で…」 怒っているわけでもなく冷静に問い掛けられる言葉にアスランは答えを持ち合わせていなかった 何をやっている。と聞かれれば、何も出来ない自分に苛立って状況が知りたくて此処まで来た と言うしかないのだろうか 分からない 何も答える事が出来ない 答えが見つからず黙り込んでしまったアスランにイザークは少しだけ視線を逸らせながらずっと言いたかった言葉 アスランの行動を制限する権利は確かに自分にはない しかし、迷い、混乱しているアスランをほおっておける程、出来た人間でもないのだ 「戻って来い…」 確かにアスランの為を思うならば自分で決断させ 自分の道を自分で見つける方がいいのだろう 自分は本来ならば死んでいた身だ それでも出来る事がある やるべき事がある アスランもそれを探しているのであれば 錘が少しでも軽くなるように支え、押してやりたい それだけだ… イザークの言葉に少し微笑んで応えたアスランは此処で決断を下したのだ もう一度、自分の意思で歩こうと… 戦った事を後悔するかもしれない だが、間違いは過ちではなく自分自身の成長に繋がるのだとイザークに前に教えられた事をアスランは思い出した 恐れて、何もしなければ確かに平和で幸せなのかもしれない が、それでは成長しない 何も変わらないのだ 「二人とも、ありがとう…」 アスランは墓参りの後、ホテルまで送ってもらい別れる直前に告げた言葉 ありがとう― この言葉を心の奥から言ったのはどれくらい振りなのかはもう覚えては居ない 確かな事はイザークとあの時、離れてからは使ってはいない 「あぁ…アスラン、もし戻ってどうしても耐えられなくなったら我慢するな 例え、軍から離れる事態までなったとしても俺はお前を裏切ったりはしない… 此処にお前を縛り付ける気も無い お前はお前のままでいい お前が思うままに行動しろ…」 「う、ん…ありがと…」 少しだけ涙が出そうなのをグっと堪えアスランはホテルの中へ足を進め、イザーク達の乗ったエレカはそのまま走り出した 走り出したエレカの中では沈黙が落ちる イザークは何かを考えているかのように無表情に空を眺めディアッカもそれに触れる気はないらしい だが、どうしても聞いて起きたい事はある 何故、あそこでアスランをザフトへ戻すような発言をしたのか… 以前のイザークならばアスランの体調を過保護なくらいに気遣い、もう戦争になど出しそうにないのに今日のイザークはまるで戦争にアスランが出るのを薦めているようにも聞こえた 「良かったのか…?」 「何がだ?」 「アスランだ 戦場に出して大丈夫なのか…?」 「完全に大丈夫、ではないだろうな…」 「じゃあ何で?」 「あいつがそう望んでいる。そう思ったからだ」 「だけど…」 「久しぶりだろう あいつが自分で考えて 自分で決めて行動しようとしている 例え、俺が何を言わなくても遅かれ早かれ、あいつは軍に戻ってくる この情勢であいつは黙って大人しくいられる程、冷酷にはなれまい…」 「イザーク…」 「それにもしまた…あんな事態になったら…」 「なったら…?」 「ヤツを殴りに行くぞ」 イザークらしい発言にディアッカは苦笑を浮かべるが それが、アスランには効果的でアスランのままでいられるのだと知っている 下手に優しさを与えたり 縛り付けてしまえば、アスランは人の顔を伺って自分で行動出来なくなってしまう だから、またあんな事態になったら殴りに…怒ってやりに行ってやるのだ それが今、イザーク達に出来る事 その後はまたその時、考えればいい ただ、今はアスランの好きなように アスランらしくいられるように背中を押してやるのだ 此処へ来た時と同じ、薄暗い一室でアスランは久しぶりの紅服に袖を通し渡されたのは羽にも見えるバッチ―フェイスの証― 誰の指揮下にも入らず己の信念のままに行動出来る証 それは背中にズシリと重く圧し掛かるが苦痛ではない そして与えられた機体―ZGMF-X23S『セイバー』― この力は確かに命を奪う人殺しの道具だ だが、人の命や夢を守れる力でもある アスランは機体を起動させ、グリップを強く握った これから自分はまた戦場に出る この行為が世界に平和を少しでももたらして欲しい、と刹那に願い もうあの惨劇を繰り返させはしないと強く自分自身に誓った 「アスラン・ザラ セイバー発進する!!」 これは殺す為ではない 守る為なのだ 紅の機体が宙を舞い 戦場へと向かう 大切な人達を守る為に 大切な人といつか向き合える為に… 軍に戻った事を彼等は何と思うのだろうか? 愚かだと哀れんだ瞳で自分を見るのだろうか 呆れて何も言わないのだろうか? 少なくとも褒められはじないのだろう… アスランはそう考えながら機体を動かし 仲間達のいる地へ向かえば、掛けられたスクランブル 何故? 事情を知らぬアスランにとっては理解出来ぬままにその場を離れるしか出来ない オーブが地球軍と同盟を結んだ? 他国の争いに介入しない それはオーブの理念の一つでもある しかし、この状況はその理念に従っているとは思えない これがオーブの選んだ道 これが…? 状況が掴めぬままにアスランはセイバーをカーペンタリアへと向かわせ 着いた先ではミネルバが修理されており、あの地で何かあったということは安易に想像出来る たとえ、僅かでもあの地で暮らしていた自分でさえあんな攻撃的な対応をされたのだ ミネルバもそれと同じくらい いや、それ以上の何かを受けたのだろう セイバーをMSデッキへと降ろすと下に集まる整備班や見覚えのある紅服の少女と少年 正直、この艦に乗る事はどこか気が乗らない 軍人として戻った以上、こんな感情はもってはならないのも分かっている そんな曖昧で身勝手な理由では離れる事も出来ず アスランは溜め息を一つ吐き、再びミネルバへと足を付けた その後、アスランが知った真実 カガリの結婚 そしてカガリをさらったフリーダム、A.A オーブから攻撃を受けたミネルバ 分かった事が一つあれば分からない事はいくつも増えていた 理解する度に増えていく疑問 だが、キラが一緒ならば大丈夫だ… 大丈夫なのだと信じたい 疑えば、裏切ってしまうように思えて 信じなければ、もう友人としていられないような気がして 分からない今では信じる以外には何も出来ない だが、今は悩んでいる暇も迷っている暇も無い アスラン達には早々に下された命令に従い実行し成功させなければならないのだから 不思議とイザーク達に逢ってから消えていた薬の副作用の不快感、吐き気 治まっていたと思っていたのに再び、蘇って来る感覚にアスランはフラフラと壁にもたれ荒い息を吐いていた まだ、軍人としては幼い彼等 人殺しとしての 殺し合いの自覚などない少年、少女 一体、この中のどれ程の人間が人を殺しているのだという自覚があるのだろうか あの機体の中には自分達と同じように人間が乗り その機体を降りれば家族、兄弟、友人…がいるかもしれない 殺せばその当たり前の日常は壊され、残された者に残るのは無…憎しみ、悲しみ、絶望 そんな事ばかりを考えていては軍人としては成長しない いや、彼等は軍人として正しいのだろう 機体に乗っているのは自分達の敵であり人間ではない そう、考えるのが軍人としては正しいのだろう 少なくとも自分よりは… 故にシンのとった行動は完全に悪いとは言えない 民間人を助けたかった その気持ちは分かる だが、命令違反はいつか軍に、仲間に致命傷を負わせる危険性も自分の命を落とす事もある まだ、力の恐ろしさを知らぬ、軍人として成長段階であるシンのとった行動は人間としては正しいかもしれないが軍人としては問題のある行為に過ぎない いつか自滅してしまうだろう…自分のように… 似ているのだ あの時の自分と 家族を撃たれた悲しみ、怒り これ以上の犠牲を出さぬようにと入隊した軍 戦わなければ撃たれる プラント、罪の無い人達を戦火からを守りたい 今の自分の行動は正しいのだ 似ている 分かってしまう それ故にアスランもシンに対しキツク接してしまうのだろう 自分の二の舞になって欲しくないが為に 戦って 戦って 戦い続けた結果が今の自分なのだとアスランは自嘲的に笑みを漏らし自分の手を眺めた 表上は分からなくとも確実に何かに蝕まれようとしている身体 イザーク達と言葉を交わしてからはその事を忘れていた所為か再び襲ってくる不快感はいつも以上にアスランを苦しめた それはまるで欲しがっているようで怖かった 欲しいと唸っている 薬が再び欲しい、と… そして、次の作戦もシンの活躍により成功に終ったが その影で殺されていく残っていた地球軍 抵抗する気力もなく、ただ撃たれ 死んだ 確かにこの街は助かった ここの人達も自由に暮らせるのだろう そう、常に人の自由とは誰かの犠牲の上で成り立っている それが誰かの想いだったり 誰かも自由だったりと犠牲になるものは様々だが、この場所―軍―で人々の自由と引き換えにされた犠牲は誰かの命 殺し合い 奪い合いの上で成り立っているのが今の現状だ それで、本当の平和がこの地に降り立ったのかはまだアスランには分からない ボーっと殺されていく地球軍と喜びを分かち合う現地の人々をアスランは複雑そうに眺めていた そしてフイに自分に気付いたのか、子供のようにはしゃいでいるシンが自分に近付き作戦の愚痴、と言うのだろうか 不満を並べ成功した事で喜んではいるがどこか不服そうだ 「でも、出来たじゃないか 言っただろう?お前なら出来るって…」 「………」 「さ、戻るぞ 俺たちの任務は終了だ」 「はい!!」 その後、ミネルバはディオキアへと辿り着き、そこで出会ったのは『ハイネ・ウ゛ェステンフルス』という男 どこか飄々としていながらもフェイスを付けている、という事はそれ相応の力を持ち それは信頼されている証 誰かを惹き付ける力に飄々としながらも誰かの心を読み取るのは目敏い所が昔の同僚に似ている いや、似過ぎている その性格も声も似ている キラが殺したミゲルに… 誰とでも直ぐに打ち解ける事が出来るのも彼の魅力の一つなのだろう 艦長への挨拶を終えた後、シンやルナ、レイとも言葉を交わしからかうように話し 不思議とその場の雰囲気が明るくなったような気さえしてしまう 少し戸惑いながらもハイネと話している彼等はどこか楽しげで、自分には簡単には出来そうにない事を 簡単にやってしまえるハイネをアスランは嫌いではないな、と心で呟き 少しでもハイネのように出来たのならシン達とももっと打ち解ける事が出来るかもしれない とアスランは苦笑を浮かべその場を去った アスランが向かったデッキは潮風が気持ちよく あたり一面は透明感のある蒼が揺れている 全てを包んでくれるような海 その色は彼の瞳によく似ていて懐かしい いや、先日逢ったばかりなのだから懐かしい、という表現はおかしいかもしれないが それでも懐かしく感じてしまうのはイザークと離れてから時間の進むスピードが異様な程にゆっくりと感じてしまう所為なのだろう 何か出来ると此処まで来た 何かをしたくて此処まで来た 軍人に戻った 戻って… 分からない事が増えてしまった この先、オーブが地球軍と同盟を組んだのなら戦う可能性は出てしまう 僅かでも自分のいた国 そこと戦わなければならない アスランの中ではグルグルと思考が回り出口は一向に見付からない 戦争を、戦いを失くす為に此処へ戻って来たというのに現状は悪くなっていくばかりのようで、此処へ来た事は間違いなのか と不安になってしまう いや、間違ってはいない 此処へ来なければ自分はまた、流されるままにあの国で過ごし 何も出来ずにただ、ボーっと日々を生きているのではなく過ごしていただけだったのかもしれないのだから 「オーブにいたんだな」 「ハイネ…?」 突然、掛けられた言葉に少し驚きながらもアスランはそれを表には出さずにハイネの名前を呼んだ それ以外にどう応えればいいのか分からなかった所為もあるのだが… だが、それを気にした様子はなく ハイネはアスランの横で海を眺めると軽く微笑み掛け ポンポンと頭を撫でた その行為の真意が分からないアスランにとってその行動を受け入れながらも何かを考えるように眉を寄せ、溜め息を吐いた 慣れてしまったと言えばそうなのかもしれないが ハイネと良く似た昔の同僚―ミゲル―も突拍子のない行動をしたり 時折、鋭く人の心を感じ少しでも明るくしようといつも以上に馬鹿騒ぎをしたりした事もあったのだ そしてイザークも又、突然人の心を悟ったように何も言わずに傍にいる事があった 慰め方は対照的だが、どちらも心地良かったのを今でも鮮明に覚えている 「アスラン…」 「オーブと戦うのは嫌か?」 「………はい…」 「なら、お前は何処となら戦いたい?」 「……………」 アスランには答える事は出来ない 本来ならば何処とも戦いなどしたくなく、静かに彼の傍にいたかったのだから だが、自分は戦う為に此処へ戻って来たのだ どことも戦いたくないと言えば偽善的にもとられてしまうかもしれない それを軍人であるハイネの前で言うのはどうしても躊躇われてしまう 信用していないわけではない 与えられたフェイス 先程の彼らとのやりとり それを見れば彼は信用に値する人間だという事は分かる だが、それでも言う事に躊躇してしまうのだ 「どことも戦いたくない、か…」 「……………はい…」 「俺もだ」 「……え?」 「つまり、そういうことだろ…?」 少しで構わない 自分の意見と似ている 自分を少しでも理解してくれている その存在はどれほどまでに救われるだろうか 「割り切れよ、今は戦争で俺達は軍人なんだ じゃなきゃ死ぬぜ?」 ハイネが放つ言葉に釣られるようにアスランの脳裏に浮かんだ彼からの言葉 『死ぬなよ』 あぁ、自分はどこまで彼に縋ってしまっているのだろうか? そう考えると困ったような笑顔をアスランは浮かべ海の彼方を眺めた 傍に居られる状況ではないけれど それでも、同じ軍の中にいる 自分に出来る事 自分のしたい事 それが此処にはある だから、俺はまだ大丈夫だ。 彼にそう告げたい 少しだけ緊張感が抜けたようなアスランにハイネは苦笑を浮かべその肩へソッと手を添えると陽気に笑う表情に苦笑の笑みも混ぜ込まれて少しだけ悲しそうに次の言葉を放つ 「にしてもお前って根っからの優等生だよな 自分よりも廻り 全ての調和を大切にする …少しは自分の事も大切にしてやれ 我が儘を言ったっていい 泣きたきゃ大声で泣け 縋りたきゃ縋れ じゃなきゃお前が壊れるぜ?」 ―優等生 確かにそうだった 優等生であれば母は喜んでくれた 優等生であれば父は安心してくれた 優等生であれば廻りは偉いと褒めてくれた 廻りの為 他人の為 誰かの為 違う 違う 本当は 「自分の…為、だ…」 「何が?」 「優等生を演じているのは自分の為だ 本当はこんなに弱い自分を隠す為に 誰かに褒めてもらう為に 誰かに見合う為に 汚い自分を隠す為に だけど本当、は… ほ、と…は…」 まだ何か言いたい筈なのに言葉の続きが出てこない 出してしまえば涙が溢れる 泣いてはいけない 泣けば呼んでしまう 縋ってしまう 彼の元へ行きたいと叫んでしまう アスランはグっと唇を噛み締め拳を握り締める 痛みなど感じない 薬の副作用の所為だからだろうか? あれから、薬を使用していないのに薬を使用した時と同じような症状が頻繁に出るようになってしまった それとも身体の神経が今の感情の所為で追いついてこない所為だからだろうか? それは誰にも判断出来るはずもなく 今はただ堪えた が、強い力に引き寄せられるとアスランの次の視界は闇…何も見えない そして暖かい温もり それに包み込まれているような感覚 思考は停止する 何が起きたのか判断できない ただ暗くて暖かい それが抱き締められていると理解するまで数秒掛かってしまった 理解するとアスランはその腕の中でもがきその腕からの解放を試みる 誰がいつ来るか分からない そんな状況下ではいつ誰に見られてその話がどこまで伝わるか知れたものではない 「今だったら誰も見ちゃいない だから我慢すんな 今の内に吐き出しちまえ 誰も・・俺も見てない 聞いてないから」 「っっ…何で? 何でイザ、く…と同じ事いう… イザぁ…ク …苦し、くるしぃ… 逢いたい イザークに逢いた、い」 「『イザーク』? あぁ、ジュール隊の隊長か・・・ 愛されてるねぇジュール隊長も まったく妬けるよ」 そのまま時は静かに流れ アスランは涙を流した 流せなかった涙 誰にも理解などされず 自分の考えは矛盾し甘いと言われ 居場所など、どこにもない そして言葉が交わされてから直ぐに下された出撃命令 アスランは胸の辺りでグっと拳を作り出撃準備をしているハイネの機体を見つめた 嫌な予感がしてならない ドクドクと全身の血液が脈打つ感覚が分かるような感覚にアスランは戸惑った ただ、怖かった 今、この艦を出ることが… だが、艦を出てから十数分後、アスランの当たって欲しくない嫌な予感は的中してしまう いきなり戦場へ介入してきたA.A 予想もいていなかった介入に混乱する戦場 ミネルバの主砲は壊され この状況ではもう使い物にはならないだろう そして聞き覚えのある機体、声 その時、アスランの精神は再び、絶望と言う感覚を覚えた 駆け巡る機体達 混乱した戦場では両方の体勢も崩れ 予想外の自体にどのパイロットも即座にいい案が浮かばないのだろう 今、この戦場は何かを守る為の戦いではなく ただの殺し合いの場を化していた 混乱する思考、戦場でアスランの視界が捉えたのは オレンジの機体―ハイネ―がフリーダム―キラ―へと向かっていっている その直ぐ傍ではガイアもキラへと狙いを定めているようだ ぶつかり合う機体 散る火花 その時、アスランの心は恐怖し叫んでいた やめて ヤメテ やめてくれ…!! だが、声にならない叫びは届くわけも無く 目の前で起こった事態に一瞬思考が停止した 目の前では火花を上げながら真っ二つになるオレンジの機体 切断された部分はコックピットの部分に当たるのだろう それにより呼び起こされる記憶 呼び起こされた記憶により思い出されるのは昔の戦友 自分でもつれなく接してしまったと思う時でも、それでも自分を兄のように慕い 優しく強かった少年 「…ぁ…あぁ…あ…」 声が引き攣る またあの時と同じ光景 仲間が、親友だと思っていた者に コロサレタ いや、キラは武器を奪い 実質、この戦場でハイネの命を奪ったのはガイアのパイロット―ステラ―だろう だがしかし、戦士が武器を奪われれば それは敵と味方が入り混じるこの戦場では致命傷となり、命さえも失う事もある そしてキラは武器を奪った程度で軍人であるハイネが大人しく艦に戻るとでも思ったのだろうか 軍人の一番の屈辱は、こちらは命を掛け 本気で戦っているのに殺さずに見逃され生きてしまう事だろう 中途半端に生かされた命 それはプライドを最も傷付ける行為であり 相手にしてみれば馬鹿にされているとしか思えない それなのにキラは軍人でもトップレベルのハイネが大人しく艦に戻ると思ったのだろうか…? 否、分からなかったのだ 軍人の気持ちなど… キラもそして傍にいたカガリも所詮は軍人の経験などない 言わば、一般人なのだ だが、戦場はゲームのように簡単でも単純でもない ハイネの武器を奪い 見逃し ハイネのプライドを傷付け 冷静さを失わせた それだけで たったそれだけだが、それでも もし、A.Aが介入しなければ キラがハイネの武器を奪わなかったら ハイネは助かっていたかもしれない アスランの心には悲しみと憎しみが入り混じる まるであの時 ニコルがキラに殺された時と同じ感情が苦しい程に溢れ出て止まらない 憎んではいけない にくんではいけない 憎しみは悲しみの連鎖を呼び また、憎しみを呼ぶ ニクンデハイケナイ ソレヲ止メル為ニ俺ハ… 「…………ぁ、あぁ…っっ ハイネ―――――――――――っっ!!!!!」 何故、彼が殺されなければならない 何故、彼が死ななくてはならない 彼も思いは同じだった筈だ 戦争を止めたい プラントを守りたい 止めたい 守りたい 思いは同じだった筈なのに… 何故、彼が死ななくてはならない…? 同じだと思うんです 同じだった筈なんです 守りたかったんです 戦いを止めたかったんです 世界を平和にしたかったんです 想いは同じだと思じなんです なのにすれ違って 殺しあって 戦って 何故、分かってくれないのですか? 何故、分からなかったんですか? 同じ想いの人は 例え、軍属は違えどいるのだと学んだのでしょう? 知っていたでしょう? なのに、何故 彼が殺されなくてはならないのですか…? |