覚悟はしているつもりだった
しかし、それはあくまで『つもり』だった事に気付いた時には
もう、手遅れだったのかもしれない

それぞれの想いも運命も廻っている
それをとめる事が出来る者はな
アスランの考えが甘かった
そう思う者も
アスランの考えが間違っている
そう思っている者も
確かに存在しているのだろう

しかし、あの時、あの状況でアスランが動かずにいられただろうか?
ただ、黙って言われるがままに彼等と行動を共にし
アスランがアスランでいられなかった場所でいなければならなかったのだろうか?

答えは否

自分で考え行動し
自分で決めた事
それを誰が責められるのだろうか?
誰が間違っているといえるのだろうか?

誰も言えないだろう

いや、言える者もいるかもしれない
しかし、言えるとしたらそれはアスランの考えを否定し
アスランの行動を制限する言葉となるだろう

さて、此処で問いたい

誰がアスランの行動を責める事が出来ようか?

アスランの行動を制限できる権利が誰にあろうか?




















































『ドラッグ〜]〜』


















































あれから、アスランは艦のデッキで再び海を眺めていた
ユラユラと揺れる水面でアスランは考え事をしているようにも見えるが
実際は考え事が多すぎて、何を考えればいいのか分からないのだ

自分の事でもそうだが
周りの事でも色んな事があり過ぎてよく分からなくっている

カツンッ…と人の気配に振り向けば、相手―シン―もアスランの存在に気付いたのだろう
少し不機嫌そうに、彼も此方を見ている
視線が交わっていたほんの数秒
数秒なのだが、二人には数分にも感じたのかもしれない
先に視線を外したのはシン

そして、少しの沈黙の後
シンは不機嫌さを出したそのままで
デッキから去ろうとした
此処にこれ以上いたら問い詰めてしまいそうだったからかもしれない

何故、あのフリーダムのパイロット『キラ』をそこまで庇うのか?
アイツの所為で追い詰められているのに
アイツの所為で貴方はそこまでボロボロになっているのに
なんで
なんで…
なんで…!!

例え親友でも仲間をなんなに殺されて
アスラン自身も撃たれて
それでもまだ、庇おうとする

それがシンにとって理解出来なかったのだ
不機嫌なのも、恐らくそれが原因なのかもしれない
シンは見てしまっているのだ
アスランのボロボロになっている姿を
あそこまで追い詰められて…
あんなんになってまで庇って…
いつか本当に壊れてしまうのではないのか…
そう思うと『キラ』に対してシンに怒りを覚えるな
と、言う方が無理だろう

「シンっ」

「……なんですか?」

「…ぁ……いや…」

「………」

「………」

「悪いのは…」

「…え?」

「悪いのは地球軍なんだ!!
あんたはそれと戦う為にザフト軍に戻ってきたんでしょう!!
だったら、しっかりして下さいよ!!」

「…………っ…ぁ」

泣き出してしなうのではないか
そう思える程に切なげに表情を歪めるアスランにシンの気持ちは余計に苛立った
こんな事を言いたい訳ではない
こんな顔をさせたい訳ではない
それなのに、こんな言葉しか浮かんでこない

アスランに苛立つ以上にシンは自分自身に苛立っていた
感情とは裏腹の言葉しか出てこない

「……………っ」

逃げ出すようにその場を去っていたシンの居た場所からアスランは視線を外せなくなっていた
シンの今、言っていることは正しい
アスランは自分に出来る事がしたくて
自分の居場所が欲しくて此処へ戻ってきた
しかし、今はセイバーも大破し
出来る事はほとんどない

戦えない自分
戦わない自分

どちらも本当の事
本気で『キラ達』と戦えなかった
『キラ達』の所為で戦えない

なら、自分はどうして此処にいる…?




















































そして、その日の夜
鳴り出した警報にアスランの思考は更に混乱する事となる
アスランは身支度を整えると急いで部屋を後にし
状況を聞くが信じられない
いや、信じたくないような事が起きていたのだ

シンはステラを連れ出し、インパルスでどこかへ向かったというものだった
そしてそれに共謀したのは同室のレイ
恐らく、シンはステラを地球軍へと返しに行ったのだろうが
何故、今更?
アスランの疑問に答えてくれる者など此処にはおらず
ただ、慌しい艦内の様子を呆然と眺めていた

レイの宣言通り、この艦へ戻ってきたシンはどこか寂しげで
どこか不機嫌で

アスランはシンが泣いているようにも見えた

恐らく、色んな感情が彼の中で渦巻いているのだろう
ステラがこれで生きていられるという嬉しさ
ステラがこれで此処にいない寂しさ
ステラがこでれ本当に幸せに自由になれるのかという不安
そうする事しか出来なかった自分への不甲斐無さと苛立ち

それからのシンは艦長に渋々だが、従い
今は独房にいるはずだ

アスランは制服で隠れてはいるが、包帯が巻かれている腕を撫でるようにしながら
シン達がいる独房の部屋の前で煩く脈打つ心臓を鎮めていた

腕の痛みは無い
理由は簡単だ
また『使用』したから

下らないと笑うだろうか
愚かだと罵るだろうか

『ドラッグ』に鎮痛作用がある事は前回の時に分かっている
ズキズキと痛む、腕を誰にも悟らせないようにする為には必要だったのだ
いや、痛むのは腕だけではない

しかし、少しでも痛みが和らぐならば
それに縋りたかったのだ

痛みを少しでも無くしたかった
現実から少しでも逃げ出したかった
苦しくて
苦しくて

他にまだ、何をすれば
此処から
この現実から救われる?

本当に痛いのは腕よりも胸
この痛みを取ってくれるのは『ドラッグ』でも『リスカ』でも無い事は
分かってはいるのだ
しかし、今
どの顔で彼に逢えばいいと言うのだ

裏切らないと
受け入れてくれると
そんな事は考えなくても分かっている

しかし、不安なのだ
どうしようもなく、不安が胸の中を渦巻くのだ
吐き気がするほどの不安

此処に戻る決心をさせてくれたのも
此処までくるのに支えてくれたのも
此処まで回復出来たのも

すべて『彼』のお陰なのだ

縋っている事くらい泣きたい程に知っている
それが彼の重荷になっているかもしれないのも分かっている

それでも…
それでも、まだ自分は『彼』に縋っている
頼っている

あれからずっと閉まっていたチェーンに通したシルバーリングを
軍服の上からグッと握り締めた
なんでもない指輪でもイザークからの贈り物というだけで
何故か救われた気分になる

指輪を握り締めるだけで、思い出が蘇り
救われた気分になってしまうのだろう
しかし、それ以上に苦痛は大きい
痛みは激しさを増し、壊れてしまいそうだ

いや、壊れてしまえたのであれば
少しは楽になれるのかもしれない

しかし、アスランはそれさえも許されないのだ
鍛えられた理性は精神が壊れる事を許さずに

―まだ、耐えろ―

そう言っているようにも聞こえてしまう
強い理性で自分を保ちながら崩れてゆくのと
弱い理性で精神が壊れてしまうのと
一体、どちらが楽なのだろうか
どちらが人としていいのだろうか?

それは誰にも分からず
誰も答えを持ち合わせてはいない

だが、今アスランが優先したいのは自分の事ではない
ステラを返し仲間を攻撃してしまったシン達のことだ

しかし、煩く脈打つ心臓を鎮めながらアスランは考えていた
此処に来て自分に何が出来るのか
此処に来て自分に何が言えるのか
正直、分からずにいた

明らかに軍違反を犯した彼等
しかし、今の自分に彼等を叱る権利等あるのだろうか
その疑問ばかりがアスランの頭の中で渦巻いていた

自分は軍違反どころか法律に違反した事をしている
そんな自分が彼等に何かを言い
彼等のした事を否定してもいいのだろうか

何の答えも出せないままにアスランは独房の部屋の扉を開き
薄暗い部屋の中へと足を進めた

進めた先にいるのはシン
レイも確かに心配でもあったが、アスランは自分から大切な者を手離したシンの方が心配だったのだろう

自分と同じ
大切な人から離れて
自分から離れて…

そして、これからその寂しさと戦っていかなくてはならない

「シン…」

「なんですか」

「いや、すまなかったと思って…」

それをアスランが口にした瞬間、向けられた怒りに満ちた瞳
シンが何を見て
何を聞いて
何を思ったのか
それは想像する事しか出来ない

だが、シンの瞳を見れば分かってしまう
恐らく自分がシンの立場になっても同じ事をしたのかもしれない

大切な者を守る為に例えそれが軍事違反だとしても
助けたかったのだろう

しかし、今回は地球軍の少女
しかも普通の少女ではなく『強化人間』
あの地球軍が簡単にあの少女を手放すとは考えにくい

恐らく、あの少女はまた戦場に出てくるのだろう
自分が守りたい者の為に
また、戦わなくてはならないのだろう

此処へきた時と同じ
記憶を操作されて…

「シンやめろ」

「………」

「アスランも、それくらいでいいでしょう」

「………レイ」

互いの言葉は平行線のまま
それに区切りを打ったのは隣にいたレイだった

分かるのだ
シンの気持ちも
しかし、地球軍に戻ったところで彼女が戦いのない世界へ行く事は不可能だ
死ぬまでずっと戦って、戦って
戦えなくなったら不要だと捨てられるのだろう

シンがどんなに望んでも軍とか所詮そんなものだ
使える者は使う
使えなくなった者は捨てる
それが軍という組織だ

「それよりも、アスラン…」

「…なんだ」

「ご自分の身体の方を心配された方がいいのではありませんか?」

「…っっ…分かっている
先日は君たちに迷惑を掛けたな
これからは、もうあんな事はないようにする」

そう、あんな事はしない
もう、君達の…いや、誰の前でもあんな不様は姿は見せない
誰にも悟らせない
自分自身で処理する

だから、もう俺の中へ入ってくるな

『君はカガリが守りたいモノを壊すというのか?!』

『なんでソレが君に分からない!!』

俺の所為で泣くというなら
俺の所為で苦しむと言うのなら

俺などイラナイというのなら

最初から俺の中に入ってくるな
最初から捨てておいてくれればいい
中途半端な優しさなどいらない
その場限りの同情もごめんだ
どうせ、最後に切り捨てるのなら

どうか
どうか
俺に構わないで…

部屋に戻ったアスランは、もうそこしか逃げ場がないのだろう
部屋の電気も付けずにベッドへと寝転んだ
いらないのであれば最初から捨てておいてくれればいい

だが、それでも…
決して裏切らないと『彼』は約束してくれたのだ

彼だけは自分を裏切らない

証拠など何も無い
だが、何故か分かる
彼は自分に嘘を付かない

彼だけが無条件に信じる事が出来る
アスランは静かに涙を流し、瞳を閉じた
このまま、目が覚めたら今までも事は全て悪い夢で
自分はまだ、あの家で生活している
そうであったら
そんな事が出来たら
どれ程、幸せだろうか
どんなに、嬉しいだろうか

そんな、愚かともとれる自分の考えにアスランは
心の中で自嘲的な笑みを零した

なんて愚かで、弱い自分
こんな自分が彼等に必要とされなくなるのも頷けてしまう

「………っふふ…くく……ははははは」

―助けて―

「あははははは――っ」

―傍にいて―

「ははははは―――――っ」

― 一人でこの闇とは戦えない―

「…はは………っっ」

―何もいらない―

「………っっ…ぅ」

―傍で笑ってくれるだけで―

「…っ……くっ…」

―叱ってくれるだけでもいいから―

「………く…」

―お願い、傍にいて―

「…イザークぅ…」




















































「シン…起きているか…?」

「うん…」

独房の部屋の中で二人の声だけが響く
いつも自分達の部屋でも二人なのだから、何ともない筈なのだが
無機質で冷たい此処とでは、どこかが違う

しかし、今はそんな事は気にはならなかった
ただ、不甲斐無い自分に苛立っていた

「あんな事…本当は言うつもり無かったんだ…」

「分かっている」

ただ、悔しい事実だが自分の力量では二人は守れないと思ったのだ
ステラとアスラン
シンにとってはどちらも大切な存在となっており
どちらも守りたい存在となっていた

しかし、あのフリーダムを相手に二人を同時に守るには不可能にも近い
ならば、どちからを諦めなくてはならない
そして考えた結果がコレだ

ステラには守ってくれる仲間があちら―地球軍―にいるだろう
が、アスランを守ってくれる存在などシンには分からなかった

資料を見ればA.Aには昔の仲間がいるだろう
だが、そのA.Aはアスランを撃ったのだ
そんな場所へ返せる訳が無い
そして、アスランが呟いた『イザーク』
確かに自軍の人間だが、相手は隊長格で恐らく宇宙にいるだろう
どう、コンタクトを取ればいいのか分からない

故に自分が…と思ったのだろう
しかし、それを上手く伝えられない自分の性格
これは更にアスランを追い詰めているのかもしれない
しかし、これ位しかシンにとって出来る事が思い付かなかったのだろう

「シン…もし『フリーダム』を撃ちたいのであれば…」

そこでレイは言葉を区切ると、深く息を吐いた

「アスランに憎まれる覚悟がないと出来ないぞ…」

「…それは………」

―分かっている―

分かっているのだ
『フリーダム』はアスランにとって、とても大切な存在
割り切ろうとしても、その考えと気持ちが交わる事はないのだろう

それを撃つ、という事は
アスランに憎まれる覚悟がなくてはならない
レイの言葉の奥に含まれている言葉

―お前はその覚悟があって、それでもアスランを守りたいのか?―

「うん…俺、憎まれてもいい
憎まれてもいい、それでもあの人を『フリーダム』の呪縛から解放してあげたいんだ…
その為だったら俺は…修羅にでも悪魔にでもなれるよ」

「そうか…それなら俺は何も言わない」

「レイ…」

「俺も出来る限りの事はしよう」

確かに守りたいと思ったのだ
例え、それが伝わらなくとも
これはただの自己満足














「俺はフリーダムを撃つ」














シンのその言葉に曇りは見られない

















気持ちは交わらない
こんなに思っているのに

守りたいと思うのに

でも、きっと伝わらない
きっと、憎まれるだろう
余計に追い詰めてしまうのだろう

でも、解放したいと思ったんです
『フリーダム』から解放して
暖かい場所に戻って欲しいんです

彼女のように
戦いのない暖かい世界で笑って欲しいんです

でも、それが出来るのは自分ではなく
きっとあの時に呟いた『彼』だと思うから