廻る
廻る

無情にも運命は回り続けるが
ここまで非情な運命だとは誰が想像しただろうか

こんなにも痛くて
こんなにも苦しい

安らぎのない
今の状況

誰が予想しただろう
誰が望むだろう
少年、少女がこんなに苦しむ世界など

誰が想像しただろう
此処まで
アスランが堕ちてゆく事を…

願うのは解放を
どうか、彼に安らぎを

願わくば自由を
誰か、彼が自由に飛べる翼を… それらを彼に与えられるのは………


















































『ドラッグ〜]T〜』


















































何故、こうも想いは伝わらないのだろうか
アスランは、微かに冷めている思考でシンの言葉を受け止めながら
そう、考えていた

シンの行動を間違っていると言いたいわけではないのだ
しかし、シンの行動に間違いはないとも言い切れない
それを伝えたいのだろう
だがアスランはそれを上手く伝える事が出来ない人間なのだ

口下手で感情を上手く表に出せない性格
それ故に誤解される事もあるのだが
クルーゼ隊に居た頃はそれを不便とも感じず
言わなくても分かってくれている仲間に甘えていたのかもしれない

そして、その甘えの所為でこんな事態になってしまったのかもしれない
アスランは、そう考えた

悪いのはシン達ではない
ちゃんと伝えられない自分なのだと…

「司令部にも俺の事を分かってくれる人はいるみたいです」

―分かっているさ―

「貴方の言う正しさが全てじゃないってことですよ」

―お前の気持ちは痛い程に分かるから―

―それ以上、自分を追い詰めるな―

ただ、シンの言葉の一つ一つが痛かった
今のシンは悲しい程に似ていたのだ
今まで以上に
昔のアスランに…

形は違えど、誰かを守る事で必死過ぎて周りが見えていない
いや、見えているのかもしれないが
感情がそれに付いていかない

シンは他にも何か考えがあるのかもしれないが
今のアスランにはそう、見えたのだ
痛々しい程に、本当の自分を偽って
守りたくて
でも、全てを守れる程の力な無く
不甲斐無い自分に苛立ってしまう

心の奥底では違うかもしれない
しかし、そう思わずにはいられなかったのだ

部屋の電気も付けずにアスランはパソコンの前で電源を入れたまま
何か仕事をしている訳でもなく、ボーッと画面を眺めていた
自分のしたい事は分かっている
それは少しの操作で叶う事も分かっている
しかし、ギリギリまで操作し
後はクリックするだけなのに…
指がどうしても動かない

指を少し動かせば叶う願いなのに…

金縛りにあったかのように、どうしても指が動かないのだ

「…………っ」

逢えない
だから、せめて声が聞きたい
また、愚かな事をしてしまった自分を叱って欲しい
いや、何も喋ってくれなくても構わない
話を…聞いてくれるだけでもいい…

それだけで救われるから…

「イザーク…」

「イザーク……っ」

「イザークぅ…っっ」

願いは届かない
簡単に叶うはずなのに
どうしても、手が届かない

怖い…

それが何に対する恐怖なのかは分からない
でも苦しいほどに心臓は脈打ち
気持ちが悪い

痛い
いたい
イタイ…

何もかもが痛い

出口の見えない迷路のように
どちらが表で裏なのか分からないメビウスの輪のように
先が見えない
出口も答えも分からない

アスランは震える唇で2錠、口の中に入れ
飲み込んだ

一つは精神安定剤
一つは……ドラッグ……

軍医からもらった精神安定剤
しかし、それを一度使用してみたのだが
効果が全く無いと言ってもいい程に効かなかったのだ
落ち着くことなどない
心は荒れ
意識が闇に堕ちていく錯覚さえ覚えてしまう
まるで鬱状態になっているように
精神安定剤を飲んでも精神は蝕まれる一方だ

だが、定期的に検診するように話しかける軍医に
―精神安定剤は効かないから使っていない―
など、言えるはずもなく
薬を使っている
薬は効いている
そう思わせる為に同時に飲むドラッグ

それはギリギリの境目
此処にいる人達に何も悟られないようにしているのに
幻覚、幻聴を見たり聞いたりしてしまっては意味が無い
だから、自分を失わない最後のライン

どんなにイラついても
どんなに欲しくなっても
このラインを超えては、何もかもが台無しになってしまう
だから、このラインを踏み出すマネはしない…




















































「………んっ…」

重い瞼を開けば、そこに見えるのは自室の天井
何時の間にか寝てしまったのだろう
朧気な意識の中で周りを見渡せば、フと時計が眼に入った
自室に篭ってから数時間は経っている

流石にいちいち、探しに来る者はいないが
アスランの精神状態を知っているあの二人ならば
もしかしたら、何か勘付くかもしれない

アスランは重い身体を起こすと、ゆっくりと自室を後にした

だが、そこで聞かされたのは『デストロイ』という名の見たことも無いMSが街を焼き払っているという事だった
街は見るも無残に焼かれ
巨大なMSは今だ攻撃をやめようとはしていない
しかし、ミネルバがその街に到着した時に見たもの
確かに聞いてはいた
分かってはいたのに
彼等を見た瞬間、アスランの身体は微かに震えていた
だが、街が映し出されている画面に誰もが眼を離せなくなり
アスランの震えなど気付くことは難しいだろう

いや、存在した
アスランの震えに気付いた者

アスランの顔は今にも倒れてしまいそうな程に蒼褪め
心なしか身体は震えながら立っているのが、やっと…という印象さえ受けてしまう
それを見逃さなかったのは
シン
そして…レイ

だが、この二人がアスランに声を掛け
気遣うことは無い
気遣ってはいけないのだ
これから自分達はフリーダム『キラ』を撃つのだ
友人が仲間に殺される
仲間が友人に殺される
アスランはその痛みを知りすぎて、壊れそうになっている

故に優しくなど出来なかった
嫌ってくれればいい
憎んでくれればいい
仲間だと思ってくれなくていい
むしろ、それを望む
そうすれば、『キラ』が撃たれた時
アスランは迷うことなく自分達を怨めるだろう
憎めるだろう
辛い事に変わりないが
友人が仲間を
仲間が友人を
それに比べたら楽であろう

そう、考えたのだ
自分達に出来ることはそれしかないと…思ったのだ

「…キ、ラ………」

だが、それ以上に衝撃を受けたのはデストロイに乗っていたパイロット
―ステラ―

それは、どれ程シンに衝撃を与えただろうか
そして、ステラを撃ったのはキラだという
その事実にアスランは、眩暈を感じたが
それよりも帰ってきたシンは、普段通りにはしているが
フリーダムへの闘争心は今以上なのは誰の目から見ても明らかだろう
それを止められないのは知っている
自分で納得しなければ、どれほど説得されようとも理解出来るはずも無い
だが、あの少女は恐らくそんな事は望んではいないのだ
シンが来てくれた
その事実だけで少女は救われた…その考えは間違ってはいない筈だ

しかし、そんな事を分かっていても理解出来ず
感情のままに行動してしまうのが
怒り
憎しみ
悲しみ
つまりは、負の感情である

今のアスランにそのシンを止める術は見つからない
自分もそうしたのだ
ニコルを撃たれた時
友人だと思っていたキラを本気で殺そうとした
止める術が分からない
止めていいのかも分からない
本人が気付くまで、せめて自分とは同じ道を行かないように見守る事がいいのか
本人に気付かせるように、自分の考えを言い納得させるのか

しかし、納得など簡単に出来るものではないのだ

実際、今アスランの目の前のシンはフリーダムを倒す事で頭が一杯なのだろう
シュミレーションを繰り返し
ひたすら、画面に集中している
そんなシンを止められるのだろうか

半ば、レイに追い出されるような形でシン達の部屋を出たアスランには
溜め息しか漏れなかった

彼等の真っ直ぐな部分は良いと思った
しかし、それは常にリスクを抱えている
その悪い部分が今、出てしまった…

だが、今のアスランに誰かの心配をしている余裕がないのは確かだ
シン達の部屋にいた時も、本当は吐き気を抑えるので精一杯だったのだ
フリーダムの画像を見た瞬間、思い出してしまった
自分の機体が破壊され
まるで『いらない』と言われたような出来事を
苦しくて
痛くて
悲しくて

あの時から『生』を望めなくなった

「…ごめ、ん…」

微かに呟かれた言葉
だが、それは誰にも届くことは無く
静かな艦内に吸い込まれ、アスランはその場を後にした

カツカツと自分の足音だけが響き
まるで一人きりの空間なのではないか、と錯覚さえしてしまいそうだ
だが、先程のレッドワインの髪の少女―ルナマリア―の言葉が頭の何処かで響くが
嘲笑にも似た笑みで、その言葉は掻き消されてしまう

『私はアスランにもっと頑張ってもらいたいだけです
もっと力を見せてくださいよ
そうすれば、シンだってもう少し大人しく、言うことを聞くと思うんですよね』

『アスランは優しすぎますよ
そういうところも好きですけど、損ですよ』

『ええ、せっかく権限も力もお持ちなんだから
もっと自分の思った通りにやればいいのにって…』

権力

確かに今の自分はそれを持っている
フェイスとしての権力、力
しかし…

「実際は何の役にもたたないさ…」

セイバー…機体を失った自分は見るだけしか出来ない
意見を言ってもここの艦長は通しはしないだろう
確かにフェイスとして一般兵よりは自由がきく

だが、それだけだ

自分が使い慣れていない所為もあるかもしれないが
それでも、そこまで強いモノだとは思えない
アスランにとって、今フェイスバッチはただの錘であり
飾りのようにしか思えないだろう

自分の居場所
それは此処ではない
もしかしたら、もう戦いの場に『アスラン・ザラ』という
一人の人間の居場所はもうないのかもしれない…
アスランはそういう風にさえ思ってしまう

此処に必要なのは『アスラン・ザラ』ではない
此処に必要なのは、戦う人形『ザフトのアスラン・ザラ』なのだ

戦う意思のない、ただの殺人人形
それが欲しいのかもしれない
だが、今のアスランに戦う術も意思も無い
それを知っているのは誰もいない
だがら、此処でまだ存在出来ているのだ
しかし戦う事への疑問を抱いていると知られれば、アスランはどうなるのだろうか

戦えない
戦わない軍人
それは使い物にならない
そう考えているのは誰でもないアスラン自身である
ならば、此処にいられなくなる日もそう遠くは無いだろう

自分で選んだ場所
自分で決めた事
それなのに今、迷いが生じている
何の為に自分は此処へ戻ってきた…?

―何かしたかった―

―戦いを早く終らせたかった―

―大切な人達をの為になれば、そう思った―

しかし、今
コレは平和への道を辿っているのだろか
いや、前以上に戦闘はドロ沼化し激しくなっているような気さえしてしまう
平和
へいわとは何だ?
それは人それぞれが違う価値観を持っているだろう
しかし、共通するもの
それは
幸せでありたい…その願いだろう

―アスラン―

思い出されるのはあの人の声

『アスラン、知っているか?』

『何を?』

『人間の人生は嬉しいよりも苦しい事の方が多いらしい』

『……なんで?』

『その方が嬉しい事をより一層、嬉しいと感じられるからだそうだ』

『………嬉しい事も嬉しいこと続きだと嬉しいと感じなくなるから…?』

『あぁ、だから今の苦しみは喜びをより一層深く感じられるようになる為の準備期間だとでも思っておけ』

『………』

『そしたら、少しはお前の考えでもプラスの方へ考えがいくだろ』

『そっか…そうだといいな』

―でも、イザーク―

―こんなの…苦しすぎる―

いつの間にか流れる涙
いい方向へ進んでいるとはいい難いこの状況下で、アスランの精神は限界へと来ていた
悲鳴を上げている
しかし、それは誰にも届いていない

傍に居ない

彼が……

そして、運命がアスランに与える試練は非情なものばかりだ
状況も分からぬまま、ただ時だけが過ぎる
考える時さえ与えてはくれない

アスランは何とか、自分の部屋まで辿り着くと
もう、それが癖になってしまっているのかのように、冷たい壁に背を預け
何もない天井を見え上げていた

腕を目線の先まで上げると、軍服の袖口から微かに見える白いもの
ぐるぐるに巻かれた包帯からは微かに紅が滲んでいる

初めて傷を自ら付けた日から、アスランの腕には無数の傷跡が付いていた
今では腕だけではない
腕は二の腕まで傷付け
次は足
そして傷が塞ぎかけている腕へと、また戻ってゆく

アスランはこういう時に、ザフトの赤服は便利なのだと思う
ザフトの軍服は腕を捲るときには面倒なデザインとなっており、捲らなくても不自然には思われない
例え、血が滲んでしまうおうとも
流石に白服や紫、緑の軍服では誤魔化せないが、今のアスランは赤服
赤服では目立つ事も無い
それに、血の臭いなど、意外と簡単に誤魔化せてしまうものだ

確かにコレは愚かな行為なのかもしれない
そう言うものもいるだろう
しかし
こういう行為でしか自分を証明出来ない者
こういう行為でしか自分を意地出来ない者
そういう者達にとっての逃げ場は此処でしかないのだ
そして、アスランも逃げ場が無い

居場所をくれる人物は傍にいない
ただ、戦場は混乱ばかりで
思考も追い付いてゆけない
此処に自分が存在していい理由が見つからない…

そんな時に下されたA.Aの撃沈命令
混乱しているアスランの思考は更に混乱し
正直、アスランは議長の考えている事が分からなくなった
議長が望む平和
それは、平和な世界だと言っていたはずだ
それが何故
何故…
分からない

だが、アスランに考えている余裕などなく
思考は追い付いていかない
分かること
それは、自分は何も出来ず
この場から、戦闘を眺める事しか出来ないという事実

それだけだ

確かに、怖いと思った
確かに、絶望を感じた
自分は彼等にとっていらない人間なのだと
もう、彼等と自分は関係のない人間なのだと… そう…思っていた…
しかし、今、目の前の状況にアスランは混乱していた

そこで思い出してしまった事実
所詮自分に知り合いを切り離す事など出来ない、という事実だ
アスランは怖いのだ
それがどんな人物であろうと、失うのが
アスランには失うモノが多すぎた
家族、家、思い出、仲間、居場所
故に失う事が怖いのだ
もう失いたくない
それが、誰であろうと
どんな人物であろうと…

失う事が怖くてたまらないのだ
怖くて
こわくて
コワクテ

思い出してしまった事実にアスランは身体の全てが冷たくなってゆく感覚に震えた
どんなにシン達の態度が変わろうともアスランにとっては大事な仲間であり
大切な戦友であった
シンの気持ちもわかってしまう
それ故なのかもしれないが、それでもシン達を憎むどことか嫌いにさえなれなかった
それは心のどこかで信じているからだろう
例え、過ごした時間が短くともシン達の性格は分かっているつもりだ
悪い奴じゃない
その意見は今でも変わらない…

ぶつかり合う2つのMS
火花を散らし、海面は激しく揺れている
だが、キラの機体にいつもの鋭さがないのは気のせいなのだろうか

いや、今は誰にもそんな事を考えている余裕などないだろう
誰も言葉を出さずに、2機のMSの行く末を見守っている
勿論、アスランも例外ではない
震える身体を必死に抑え、画面から視線を逸らす事が出来ない
逸らす事は許されない

「……ぁ…シン!!」

―もう嫌だ―

―もう止めてくれ―

何故、こんなにも想いは伝わらないのか
皆の想いは似ているのに、糸が絡まるように誰とも綺麗に繋がらない
誰の想いも伝わっていない

しかし、この状況下
誰を信じて、想いを伝えればいいのだろうか
戦争とはそういうものだ
同じなのだ
どちらも己の正しいと信じている道を進んでいる
だから、終わりが見えない
想いは伝わらない

キラとアスランがいい例であろう
アスランはキラに想いを伝えた、疑問を投げかけた
しかし、それはオウム返しのように似た質問を返される
混ざり合う事のない意見

しかし、あの場では決定的な違いがあったのだ
迷わない心と
迷う心
アスランは迷っていた
そして、キラは迷ってなどいなかった

最初からアスランの意見など聞き入れる気などなかったのだ
自分は正しいと
自分達のしている事は間違ってはいないと
いや、キラもアスランの言葉を聞き
一瞬、迷いが生じたかもしれない
しかし、キラには迷えばすぐに支えてくれる仲間がいる
故にすぐ立ち直れる
それはキラに迷いはないと言っても過言ではないだろう

あの場でキラとアスランがした事
それは話し合いなどではない
キラの行動は、ただ聞いて
それを否定した
自分の意見など、言っていないにも等しいだろう

そう、例え想いが似ていてもソレが伝わらなければ
どんなに言葉を紡いでもその言葉に力は無い
無力でしかないのだ

―こんな争いになんの意味がある―

―頼む―

―もう、止めてくれ!!―

その悲痛な声が両者に届くことは無い
アスランが言葉を放ったと同時に、シンのソードはフリーダムの盾と共にその機体を貫いた
アスランにはその瞬間の映像がスローモーションが掛かっているかのように思え
異様にゆっくりに感じたのだ

突き刺さる機体
激しい火花を散らした後
爆破しながら、ゆっくりとフリーダムは海中へ吸い込まれるように、落ちていったのだ

アスランはその、光景が信じられず
瞳を見開き、声は喉で引き攣り上手く言葉が出てこない

確かに、怖いと思った
確かに、絶望を覚えた
彼等にとって自分はいらないのだと思い知らされた

しかし、所詮自分は失う事が怖いのだ
それが誰であろうとも
甘いと罵られようとも

怖くてどうしようもないのだ

「キラァアァァァァ―――――っっ」


























「ははっ…はははっ……やった、やったよステラ…」

―アスランさん―

―これで貴方を縛るものはない―

しかし、シンは涙を流していた
それが何を意味しているのかは分からない
分かるのはこの胸の虚無感
本当は分かっているのかもしれない
自分は本当は嫌われる、憎まれる覚悟などない事
こんな事はアスランにとって何にも意味がない事
しかし、この行動に後悔するか?
と聞かれれば、答えはNO

後悔などしていない
後悔する筈もない
自分は
今、自分が出来ることをした
それだけなのだから…

運命は終局へ向け進んでゆく
想いは同じでも擦れ違いながら
歯車はギシギシと音を立てながら進んでゆく














アスランは失う事が怖いんです
それが、誰であろうと
失う事が怖いんです

それはいけない事ですか?
愚かな事ですか?
撃たれても
切り離されても
それでも、彼等の『死』が怖いと思うアスラン
それは軍人として失格かもしれませんが
人間ならば、誰もがそう思うのではないでしょうか…?