ただ、もう全てが真っ白になっていた 何が正しく 何が間違いで 何を受け入れればいいのか 何を理解すればいいのか 何を諦めれば良いのか 全てが真っ白な世界に侵食され 何も分からなくなってしまった… それが今の真実 それが今の現実 「キラはお前を殺そうとはしていなかった!!」 どうしようもないと知りながらも問い掛ける いや、思いをぶつける以外に何をしたらいいのか分からなかった 「あいつはステラを殺した!! アンタだって…!!」 憎まれて当然だと 嫌われたいと願っていた筈なのに 現実で 目の前で問い詰められたら、自分の想いを知って欲しくて 自分まで大声で叫んでいた 交差する想い こうしたい訳ではない もっと… もっと… 幸せに生きて欲しい それだけの筈なのに…… 『ドラッグ〜]U〜』 受けた振動と頬に感じる熱と痛みで自分が殴られたのだと気付くのにシンは数秒の時間を要した 受け入れられない苛立ちから勢い良く振り向けば 今にも泣いてしまいそうな 今にも倒れてしまいそうな 仲間に抑え付けられているアスランの姿 受けた痛みは確かに痛みを伴ったが それ以上の痛みをアスランが感じている事など直ぐに分かってしまう 苦しくて 辛くて でも、シンを憎めないのだろう シンを殴った時も 薬の所為で力が弱っているにしても アスランはエース シン以上の力を持っている事は誰もがしる事実である その証拠にアスランがこのミネルバにやってきてから アスランがシュミレーションでたたき出した記録を誰も打ち破れないでいる そして、そんなアスランが本気で殴ったのであれば 例え弱っていたとしても、シンが受ける衝撃はこんなものではないはずだ それはアスランがシンを憎めずにいる証拠ではないだろうか しかし、アスランが興奮しているもの事実だ これ以上、興奮させたら危険なのかもしれない アスランは此処のクルーに体調不良、精神不安定の事を隠したがっている その証拠にあれからアスランは前のアスランに戻ったかのようにしており 一瞬、一瞬でしかその体調の変化が分からずにいる 「……アスラン…」 静かに響くレイの声にアスランだけではなく その場にいた者、全員がレイに注目し その場に適した正当性の持つ言葉で全てを黙らせた 数秒の沈黙の後でシンを引き摺るようにその場を後にした二人に アスランも苛立ったように腕を掴まれていたのを無理矢理外し 自分もその場を後にするのであった ただ、どうしようもない衝動がアスランをあんな行動にさせたのだ シンやレイが憎いのではない だが分かって欲しかったのかもしれない こんな事に意味はないと しかし、アスランにそれを伝える術も それを伝える余裕さえないのも事実である そして衝動に任せあんな事を シンを殴ってしまった…… ホロリと流れる涙をアスランは他人事のように見つめ 強引に瞳を軍服の袖で拭った 今、泣きたいのは自分ではないはずだ いきなり殴られたシンの方だろう 今は泣いていいのは自分ではない 泣いてはいけない 悔しいと思うのは自分が不甲斐無いからだ どうしようもない位に愚かな自分の所為なのだ それなのに拭っても拭っても溢れる涙 自分がどうしたいのかさえ 白に侵食され分からない 「……っ…ぅあ…あ゛…っっ」 どうしようもならない感情が喉から溢れ ただ、涙が溢れる どうしたら良いのかさえ分からない こんな場所でどうしたらいいのだろうか… 怖い こわい コワイ もう全てを投げ出してしまいたくなる… アスランは部屋へ逃げるように駆け込むと迷わずに取り出した薬 分かっている 分かっているさ 自分がどれ程、愚かな行為をしているかなど 自分がどれ程、惨めな行為をしているかなど 分かっていても… 止められないのだ… 人は一人では生きてはいけない 誰かが言い始めた言葉である だが、今のアスランの世界で頼れる人間が傍にいない 家族も失った 仲間も失った 家族の思い出が詰まっている家も思い出も 傍にいない 失ってしまった そんな世界でアスランが薬や自分を傷付ける意外に何に縋る事が出来ようか? そして暗闇へと堕ちてゆく ただアスランがその時に覚えていた事 それは、いつもより少しだけ量を多めにしてしまった事くらいだろうか… 十数時間経ち、意識が浮上して 目の前では万華鏡を見ているようにキラキラと光っているように見えてしまい 流石に量を多くし過ぎたと思ってもその後悔はなんの役にもたたず ただ、自己嫌悪に陥るしかない 悲しくて使用して 辛くて使用して 痛くて使用して 自己嫌悪に精神が耐えられなくてまた使用して… 現実と幻覚の区別がつかなくなりそうだ… アスランは妙に冴えている思考の一部でそんな事を考えていた それと同じように 傷も増えてゆく 今ではもう、どこに傷を付けていいのかさえ分からなくなってしまっている 傷が治る前にまた傷を付けて… 膿み始めている部分さえあってしまう 他人の血ではない 自分の血で自分の手が汚れてゆく 同じ血の筈なのに 何故こうも安堵してしまうのだろうか 切っている最中 自分の血でも嫌悪感があれば、まだ傷は少なかったかもしれない どこかで誰かが言っているのだ コレは自分の腕 ならば何をしようといいのではないのか…?と 脆い精神が悲鳴を上げ 誰にも縋れないこの状況 聞いてくれるだけでもいいのに 何も言わずに頷いてくれるだけでも違うのに そんな些細な事が此処では望めない 望んではいけない だが、一人だと 誰もいないのだと感じていた空間でアスランを影から 見守っていた人物もいた それはシンでもなくレイでもなく ルナマリアの妹―メイリン―である アスランと廊下で擦れ違う際に気付いてしまった違和感 いつもであれば、もっと柔らかい雰囲気で 静かに歩いている筈なのに、今日のアスラン いや、少し前からアスランに違和感がある事に気付いてしまった それと同時に感じるシン達の違和感 ハイネが死んでしまってから、少しだけ何かが変わってしまった 何かを隠し なんでもないような素振りで接してくる それが逆に違和感としてメイリンに感じさせてしまったのだ そんなに傍にいたわけでもない しかし、そんなに離れているわけでもない その微妙な距離だからこそ気付いてしまったのかもしれない メイリンはグッと顔を上げると何かを決意したかのように 足を進め その先にあるのは医務室 偶然見かけてしまったあの時 シンとアスランが医務室から出て部屋に戻るときに 偶然その場にいて聞いてしまったのだ 誰にも弱音を吐かないアスランがポツリと零した言葉 求める声 悲しい程に廊下に響き 自分には何も出来ない 自分には何も理解出来ていない しかし、無性に泣き出してしまいたくなったのをメイリンは鮮明に覚えている いつからアスランに対し こんなに感情が抑えられなくなったのか等分からない 最初はカッコイイとそれだけだった しかしいつの間にかそれは憧れに変わり 今は…もう分からないでいる ただ少し嬉しそうに微笑む笑顔が見たい それだけなのだ それが恋愛感情と言ってしまえば、そうなのかもしれない しかし、それ以外の何か それは分からないが、アスランには笑って欲しい そう願ったのだ 「失礼します!!」 「メイリンか…珍しいな何か用か?」 「ちょっと聞きたい事があって」 「そうか、こっちは忙しいんだ 聞きたい事があるなら早めに済まして…」 「アスランさんは…!!」 ここで聞くのは間違っているのかもしれない 医師には守秘義務というものが存在する それは軍医とてそう変わらないだろう しかし、メイリンが思いつくのは此処しかないのだ アスランに聞いても素直には教えてくれないだろう むしろ、負担を掛けてしまうかもしれない シンやレイに聞いても恐らく「お前には関係ない」 それで拒絶されてしまうかもしれない 姉の様子を見る限りではきっと気付いてはいない 故にメイリンがアスランの情報を少しでも知るには 可能性が0に近くとも此処しかなかったのだ 「アスランさん…の体調…」 「それは私から教える事は出来んな」 「でも、私…聞いちゃったから!! 前にアスランさんが…っっ」 それ以上は言葉に出来なかった 言いたくても 言いたくても 何を言えば伝わるのか 何を言えば理解されるのか 分からない アスランもこんなモヤモヤとした いや、それ以上の不甲斐無さを自分に感じていたのだろうか だからあんなに、アスランの声を聞くだけで泣き出してしまいそうになってしまったのだろうか しかし今はそんな事はどうでもいい事なのかもしれない 今、自分がそう思ったのは 所詮は自分の感情でしかない 自分がこう思うから きっと相手もこう思っている それは決して悪い事ではない むしろ状況次第ではそれは良い事だと言われるのであろう だが、メイリンがしたい事とは何ら関係もないのだ 自分がしたい事 自分が知りた事 それはどうしたら笑ってくれるのか どうしたら優しい声に戻ってくれるのか それだけだ… 確かに初めて会った時もアスランはどこか辛そうで どこか危うい雰囲気をもっていた事を覚えている しかし、それは今ほどではなく 正式にミネルバのクルーとしてやってきた時には ほんの一瞬だが、何かを思い出して優しく微笑んでいた その微笑みは今でも忘れられずに鮮明に脳裏に焼きついている あんな風に微笑んでいたのに 今のアスランは倒れてしまいそうで このまま誰にも知られずに消えてしまいそうで怖かったのだ フと感じた気配に振り向けば、呆然とした瞳でシンが佇み その後ろにはレイまでもが、少しだけ瞳を見開き メイリンの方を見ていた 「メイリン…お前…」 「…っ…私だってアスランさんの事が心配なんだもん!! お姉ちゃんや他の皆は全然気付いてないみたいだけど 私には分かるんだからね!! あの日からアスランさんもシンもレイもおかしいもん 普通だけど何かが違うんだよ」 「メイリンには関係ないだろ!! ほかっといてくれよ」 「馬鹿じゃないの!!あんな…!!あんなアスランさん見たらほかっておける筈ないでしょ!!」 心配しているのはシン達だけではない そう言いたげにメイリンは瞳に涙を溜めながらシン達に詰め寄りながら 半分以上、叫びながら自分の思いを伝えようとしている 心配なのは自分も一緒なのだと 一緒にいたのに何故、関係ないと言うのか メイリンにはそれが不思議であり 自分では何も出来ないと言われている様で悔しさと悲しさで胸が詰まる しかし、ここで引く訳にはいかないのも事実であった 「シン達が教えてくれないなら… アスランさん本人に聞くもん!!」 その言葉は事情を知っているシン達にどれ程の衝撃を与えたのだろうか だがメイリンのその言葉はメイリンにとって最後の賭けでもあったのかもしれない いくら事情をよく知らないメイリンでもアスランに直接聞くなど出来る筈も無く 又、しようと思う気持ちも無い 「シン、レイ…メイリン…此処は医務室だぞ 全員、冷静になるんだ」 「………すみません…」 まだ続くと思われたシンとメイリンの言い合いを止めたのは レイでもは無く 今まで黙って聞いていた軍医であった 確かに冷静さを失っていたのかもしれないと シン達は自分に冷静さを取り戻そうと 深呼吸をするように一つ、溜め息を吐くが どちらも自分の意見を変える気はないようである 睨み合うように視線を外そうとしないシンとメイリンに 軍医も溜め息を吐くが 二人が互いから視線を逸らす事はない 「だから、お前達…」 「シン、メイリンも…冷静になれと言われただろう…」 呆れたような声に先ず、行動を起こしたのはレイであり 咎めるような鋭い声に流石にシンとメイリンも冷静さを取り戻せたのだろう 攻撃的ではなく しかし、自分の意見も変える事が出来ないのだと メイリンは意思が固い事を示し シンやレイともう一度、初めから向き合っていた 「シン、レイ、メイリン…此処では話が纏まらんだろうし 誰にその話を聞かれるのかも分からん シン達の部屋とかで話をした方がいいんじゃないか?」 どちらも意見を変えるつもりが無いのであれば、尚の事 軍医の言葉に少し戸惑いながらも 確かに此処で直ぐに話が纏まるとは思えず 誰かに…アスランに聞かれてしまうかもしれない それだけは絶対に避けたいのだ 三人は軍医の言葉に従いシン達の部屋で話を再開させようと 医務室を出るのだが 勿論、アスランを刺激するなという注意も受けてから… ―刺激を与えるな― その言葉を聞いてシンは何を思ったのだろう 苦い顔で下を見たまま顔を上げようとはしない それは、アスランにあんな行動をさせてしまった罪悪感からなのか した事への迷いなのかはシンしか知らない 迷ってはいけない コレは自分で決めた事なのだ 自分で決めて 自分で行動を起こした 後悔などするはずが無い シンは自分に言い聞かすように心の中でそう呟くが 霧が掛かったようにスッキリしないのは どこかで無意識のうちに迷っているからなのかもしれない そう、迷ってはいけない筈なのだ… あれからアスランが、周りをちゃんと『モノ』として認識出来るようになったのは 数時間後の事であった ベッドから起き上がれば異常な程の脱力感と倦怠感に襲われるが 頭を振り、無理矢理にでも意識を現実へ繋ぎとめている いっそ、戦いの最中に死んでしまう事が出来たら幸せなのだろうか… そんな事まで頭の中で過ぎってしまう 死ねば… 死ぬ事が出来たら… この苦しみから解放され 仲間に会えるのではないだろうか… 『だが、それはお前の自己満足にしか過ぎない』 微かに聞こえる彼の声 それだけが今のアスランの支えであり 此処に生きていられる糧である 会いたい 会えない どうして… こんな… こんな、彼を裏切ってしまった行為をまた… またしてしまった自分には… ―でも…― 「会いたい…よ…」 ―疲れたんだよ…― 「我慢…する、事…に…」 それは本当の気持ち 今まで、どれくらい願っただろうか どれくらい我慢しただろうか それくらい…叫び求めただろうか… チャリ…と指輪とチェーンが擦りあう音に アスランが指輪をじっと眺め、ゆっくりとチェーンから指輪を外すと 以前、イザークが填めてくれた指へと填めるが あの時はぴったりだった指輪の筈なのに 今では少し隙間が出来てしまっている それを苦笑を浮かべながら眺めているのだが それだけ細くなってしまったのは恐らく指だけではないのだろう 確かに食事をしなかったり、食事が喉を通らずに食べられなかった事が 最近ではよくあり 一日、食べない日もあってしまった それを考えれば細くなってしまった自分の指も決して不自然な事ではない だが、これをイザークが見れば 恐らくは「また食事を抜いたのか」 と呆れたような、怒っているような口調で言われてしまうのだろう 大丈夫 自分はまだ大丈夫 まだ…大丈夫… そう、自分に言い聞かせてきたのだが 実際では既に限界など超えているのかもしれない 異常なまでの脱力感 食事をしなければ筋肉が削げ落ち 体力が落ちてしまうのも頷けてしまう そして、それに加え 薬の使用にリスカ… 体力を奪われない方が不自然なのかもしれない その為か、腕を上に上げるのさえ重力が倍に掛かっているような錯覚に陥ってしまう 確実に弱っている…ボロボロになっている身体 どれ程、気丈に振舞っていても身体はもう 付いて来てはくれないだろう 「…弱い…な……俺は…」 例え薬等に耐性が出来ているコーディネーターでも 個人差はあるだろうが、必ず存在するものなのだ そして、アスランも例外ではない 限界なのだ だが、それを今まで補っていたのは強過ぎる程の理性 それと彼の言葉だろう しかし、その精神も既に限界なのだ 逃げたいと必死になって叫んでいる 叫んで サケンデ… 叫び過ぎて声が枯れてしまったのだろう 何も聞こえない… 「………ぁ…ク…」 こんなにも声にならない声で叫んでいるのに 何も聞こえない それは無の叫び 指輪を眺めたままの瞳から流れる涙 それは止まる事も脱ぐ事もせずに藍色の髪に吸い込まれ アスランの髪を濡らした ―ピー…ッ― 「あれ、イザーク通信入ってるぞ?」 「見かけんコードだな」 ボルテールの一室で仕事を片付けているイザークに入ってきた 一つの通信 それは近くに存在している自軍のコードの物ではなく もっと遠い場所からの通信 しかし、遠くからの通信であれば 通信伝達がある筈である その前触れも無く、入ってきた通信に 本部からの緊急かとコードを見れば それは本部のものではなくイザーク達には見れないコードである 不審に思いながらも 何故か出なくてはならない そう、思ったのだ それが俗に言う『虫の知らせ』と言うものなのかもしれないが その時の二人には、そんな事など知る由もなかった 「此方はボルテール、ジュール隊、隊長のイザーク・ジュールだ 何故、此処に通信を入れたのか用件を伺おう」 助けて その一言が言えないんです 誰もいない空間でなら何度でも言えるのに 誰かの前だと喉の奥で引っかかってしまったまま 出てこないんです 会いたい その一言も誰かの前だと 言葉にする事すら怖くて 言えないんです |