いつも目を覚ませば待っているのは絶望 どんなに幸せな空間にいても必ず終わりが来ていた 幸せになる事は許されない まるでそう、囁かれているようで 『生』に縋り付いている自分を笑っているようで 現実という事実から目を背けて 耳を塞いで此処まで意地だけで生きていた また、次に目を覚ました時に待っているのは何… 絶望? それとも… 『ドラッグ〜]W〜』 ゆっくりと覚醒される意識に 徐々に鮮明になっていく倒れる前の記憶 確かに彼を見た 確かに彼は自分の名を呼んだ 確かに彼は… そこに存在した… ドクドクと煩くなる心臓の鼓動にアスランはそれを鎮めるかのように グッと胸の辺りを掴み、必死に鎮めようとはするのだが 鼓動は煩くなりるばかりで一向に静まる気配は無い しかし、自分の鼓動以外に聞こえる音 それは自分以外の誰かが此処に存在しているという事であり 彼―イザーク―かもしれない 否、倒れる前の記憶が確かならばイザークであるのは間違いなおのだろう しかし、もし記憶が違っていたら―? そう考えてしまうと中々、思考はいい方向へは行こうとはせずに 悪い方向ばかりへ行ってしまう それが、自分の悪い癖だと知りながらもこればかりは変えられない様だ ドラッグを使用した者は幻覚、幻聴など様々な症状を起こすのだ ならばアスランが見た、聞いたものが本当はイザークではなかった… その可能性もあるのだ 確かにアスランはその前に通常以上の薬を使用していた コーディネーターでいくら対抗が出来ているとしても それにはやはり限度というものが存在している 実際、身体は鉛のように重く 思考を働かせる事さえ面倒だと思うようになってきてしまっている そして… 『逢いたい』 それを強く願っていたのだ 薬が幻覚を見せても不思議ではない もし、本当にそうであるならば…なんて なんて、残酷な幻覚なのだろう 強張る身体に息が詰まりそうで苦しくなる感覚に襲われるが 今のアスランにそれに構う余裕はなく ただ、怖かった もしも、あれが幻覚であったならば自分は確実に壊れるだろう その確信があったのだ 再び見つけた一筋の希望 それさえも闇に包まれたとしたなら… 今のアスランが自我を保つのは到底、無理な話だろう アスランで無くとも、自我を保つのは難しい事かもしれない 絶望の中『生』を放棄しようとした時に見えた光 それが、ただ自分の幻覚であったとしたなら… 恐らくはアスランでなくとも、全てに絶望するだろう ドクドクと煩い鼓動 息が詰まる どうか どうか… お願い… もう…壊れてしまう… 「……………っ」 言葉にならない言葉でイザークの名前を呼んだ それは言葉にはならず 声にすら、音にすらなっていない 普通ならば誰もその言葉にならない言葉は届きはしないのだろう しかし、今まで休む事無く鳴っていたパソコンのキーを叩く音がピタリと止み その人物はゆっくりとアスランの方に身体を向けると そこにあるのは、やはり見間違いなどでも、幻覚でも無く イザーク・ジュール本人であった 相変わらずに意思の強そうなアイスブルーの瞳 真っ直ぐに伸びているプラチナブロンドの髪は彼の真っ直ぐな性格を現しているようだ 「アスラン…目が覚めたのか…?」 「………っ…ざぁ…ク…?」 瞳に溜まった涙は何ものにも逆らわずに瞳から溢れ アスランの頬を伝い、藍色の髪へと吸い込まれていった 声さえも可笑しい程に掠れて 喉が引き攣るような感覚に上手く言葉を出す事が出来ない 涙が出るのは悲しい訳ではない しかし、嬉しいとは少し違うような気もしてしまう 混乱して自分の感情さえ分からなくなってしまう 分からない ただ、涙が溢れて止まらないのは事実だ 「………アスラン…」 「……っ…な、で………こ、こに…」 「お前の後輩から連絡が来た アスランの様子がおかしい…とな」 アスランにとって自分の体調が良くない事を知っているのはシンとレイ…後は軍医くらいとしか思っていない それならば、後輩にまで心配を掛けさせて… 否、それだけではない 自分の勝手で怒鳴りつけてしまった 八つ当たりのように殴ってしまった こんな不様な姿を見せてしまった それでも彼等はこんな自分を見捨てずにいたという事なのだろうか…―? それなのに自分はこの有様で、笑うしかない アスランは自分の不甲斐無さを呪うが その考えを止めさせたのが、少しだけ冷たいと感じるイザークの手であった 溢れた涙を拭うように頬に添えられた手 冷たいといっても、それは嫌な冷たさではなく 心地の良い冷たさであり 頬から少しづつ伝わる温もりには自分の愚かしさを許してもらえているような感じがして 余計に涙が溢れて止まらなくなってしまう 「…ぅ…っ……ふ、ぅ…う…」 「…アスラン…」 「ごめっ…ィザ…っ……ごめっっ…」 「いい、今は自分の身体を労わってやれ」 「っっ…イザぁ……く…っう…」 止まる事を忘れてしまったかのように次々と流れる涙に アスランは強引に止めようと袖で涙を拭うが、やはり止まる事は無く 止め処なく涙は溢れて止まらない いくらザフトの軍服が上質な布地で出来ているとはいえ やはり何度も目を擦ってしまえば真っ赤になってしまう イザークは涙を袖で拭う腕を掴むと ゆっくりと顔から外し、涙で濡れる瞳を見つめた アスランの瞳に写るのは自分自身への明らかな嫌悪感 自分の行為が違法だと 自分の行為が愚かだと 本当は何も救われないと知りながらも止める事が出来なかった そんな自分が嫌でたまらないのだろう 「アスラン」 静かに名を呼ばれイザークを見返すのだが 涙が溢れる瞳では視界がぼやけ相手がどんな表情をしているのかさえ分からない だが、アスランの名を呼ぶ声は穏やかで しかし、しっかりと意思の強さが現れている 「…っ…ん……っっイ、ザーク…っ?」 「アスラン、俺と一緒にボルテールに来るんだ」 それは命令のようにも聞こえるのだが、イザークらしい言い方と言えば イザークらしい言い方である アスランは瞳を見開き「でも…」と唇が言葉を象るが拒否の言葉は出てこない 否、出てくるはずも無いのだ 願っていた 此処ではないイザークの所に行きたいと 求めていた 中途半端な安らぎではなく絶対的な安心 縋っていた 自分を撃った仲間の束縛ではなく彼の言葉に 拒否する理由は何も無い あるとするならば、理由にするならば 此処で迷惑を掛けてしまった人達と撃たれたかもしれない友人であった者の為だろうか 自分に出来る事は何も無い しかし、それでも…何か… 彼は撃たれてはいないかもしれない 彼はもうこの世にいないのかもしれない 例え、仲間ではないと自分が撃たれたとして アスランは失う恐怖にはもう耐えられなかったのだ 「……っイザ…ク……っっ…俺……キ…ラが…っ…ぁ…」 「A.Aの事なら既に聞いている ここのグラディス艦長の話では沈んだのであれば、その残骸が少ないそうだ… フリーダムのコックピットも無いらしい ならば話は簡単だ 奴らはまだ生きている それに奴らが簡単に撃たれた、と言うほうが疑わしい お前は何も心配する必要は無い」 「イザ…っ………イザーク、イザークっっ」 「アスラン…」 何を言えばいいのか 何が伝えたかったのか いざ、目の前にイザークがいれば胸が押し潰されそうで言葉すら上手く出てきてはくれない 言いたい事は沢山あった筈なのに 聞いてほしい事が沢山あった筈なのに 目の前にいる嬉しさで全て忘れてしまう しかし、それでもイザークの手を取るのを躊躇ってしまう理由など一つしかない あんなにまで迷惑を掛け ここまで回復させてくれた筈なのに、その身体は再びボロボロになってしまっている 自分への嫌悪 自ら出した自分の血で汚れてしまった手が一番、汚れている やめた筈なのに自分から再び手を出してしまった弱すぎる愚かな精神 こんなに愚かで こんなに弱くて こんなの汚れて こんなに脆くて こんなに迷惑を掛けて こんなに駄目になってしまって… 自分で自分を非難すればキリがない アスランはグッ…―と唇を噛み締め イザークから視線を逸らすように下を見たまま、顔を上げようとはしない 「アスラン…」 「…………ごめ、ん……ごめっ…なさ…ぃ…」 それは何に対する謝罪なのかはアスランにしか分からない アスラン自身でも分かってはいないのかもしれないが 恐らくは自分からイザークへの謝罪なのだろう 愚かでごめんなさい 弱くてごめんなさい 汚れてしまってごめんなさい 脆くてごめんなさい 迷惑掛けてごめんなさい こんなに駄目にしてしまって…ごめんなさい… 静かにアスランの言葉を聞いていたイザークであったが 紡がれるのは謝罪の言葉のみ その言葉は自分で自分をどれ程、傷付けているのだろうか その言葉でお前はどれだけ自分を許さないのだろうか 痛々しいまでに紡がれる言葉にイザークは頬に添えていた手で 肉の削げてしまった頬を撫でるように動かすと アスランの顔が再び上がり 視線はイザークへと戻されていた 「アスラン…そろそろ自分を自分で許してやれ 最後にお前を許してくれるのは お前自身だ お前が自分を許さない限り、誰がお前を許してもそれは意味のない言葉となる だから… そろそろ許してやれ 自分自身を…」 イザークの言葉に涙は止まる所か更に溢れ 顔は涙でぐしゃぐしゃになってしまっている アスランが此処まで自分を晒す事は先ず無いと言っても過言ではないだろう どんなに辛くても どんなに悲しくても 自分自身で閉じ込めてしまうのがアスランという人間である そんなアスランが此処まで自分を晒せるのはイザークだけなのであろう 他人から見れば強引過ぎるとも思える行動だが そうしなければアスランから縋ってくる事は殆ど無い 今回もアスランは逢いたいと言葉を聞いて欲しいと願いながらも自分からイザークに告げる事は無く その身体は確実に闇や怖いくらいの白に侵食されようとしていたのだ ゆっくりと重い身体を起こすと頭を抱えるようにしながら 弱々しく頭を振っていた イザークの言葉を否定するように 自分に許しなどあってはならないと言っているように ただ、弱々しく頭を振っていた 「も、どうやっていいのかも分からない 何も理解出来ないんだ 理解…したくないっっ 自分がどうしたいのかも分からない…っっ 自分が何なのかさえ…分からなっ…ぃ… こんな自分は大嫌いだ…っ 自分じゃ何も出来ない 自分じゃ何も決められない…」 「しかし、お前は此処に…ザフトに戻ってくると自分自身で決められた筈だ 何をしたいのかも言っていた 自分が誰なのか… それもお前が自分で考えるしか無いが… だが、俺から言わせたら 結局、お前はお前でしかない 誰でもない お前は戦う兵器の『アスラン・ザラ』ではなく ただの一人の人間の『アスラン・ザラ』だ」 決して押し付ける口調ではなく 子供に言い聞かせるように穏やかに決してアスランを刺激しないようにしているイザークに アスランは赤くなってしまった瞳でイザークを見返せば そこにあるのは変わらない強い瞳 先の戦いでは幼馴染であったキラと戦い 迷いながらも最後は自分の父を止める為にザフトを離脱し 仲間達から出てくる言葉は父を撃つ言葉 間違っていると… 誰もパトリックの事を理解せず 全てを否定し その息子であるアスランの目の前でも言葉は躊躇無く吐き出されていた そして『ザラ』の息子は危険だと 『ザラ』の息子は利用出来ると 『アスラン・ザラ』として見る者は少なく 又『アスラン・ザラ』は強い者だと信じて疑う事はなかったのだろう ―あぁ、そうか…― 「イザ…く…っ」 ―自分は見て欲しかったのかもしれない― 「イザっっ…も……ゃ、だ…」 ―戦いの道具ではなく― 「も、ぅ……耐えられな、ぃ…っ」 ―大戦の英雄でもなく― 「……………た……っけ、て…」 ―前議長の息子だけでもなく― 「………助けて…イザ…くっ」 ―強いアスラン・ザラではなく…― 「……っう…ザ……ごめっ…イザっっ…」 ―父と母の息子、一人の人間として― 「…イザーク……っっ…ぅ、ふっ…」 ―その事実だけを見て欲しかったんだ― そして、見てくれたのはイザークであり 認めてくれたのも 理解しようとしてくれたのも イザークであり 同僚であったディアッカであった だから、こんなにも絶対的な信用を… 情けないほどに縋ってしまうのかもしれない カタカタと震える身体を包み込むように抱き締めてやれば 震えは微かに治まり 涙は白い軍服に吸い込まれ、少しづつ引いていくのが分かる 「あぁ、分かっている アスラン…もう一度言う 俺の所へ…ボルテールへ戻って来い…」 頷くアスランにイザークはホッ…―と胸を撫で下ろすが 弱りきっているアスランに完全に安心出来たわけではない この戦いにA.A―フリーダム―が介入しているのであれば 遅かれ早かれイザーク達の前にも姿を現すかもしれない その時にアスランにコンタクトを図ろうとする可能性も無いとは言い切れないのだ 突き放して 追い詰めて それでも、アスランの姿を見れば仲間だと主張する彼等 その言葉がどれ程、残酷なモノなのか彼等に理解出来ているのかは謎だが アスランにしてみれば、それは混乱の元となる 戦いたくない そう言いながらも、彼等にとって敵とも呼べる立場でアスランが現れれば ―守る為― そう言いながら迷いなくアスランにでも その刃は振り下ろされるのだろう 「去るものを負わず来るものを拒まず…か」 否、それだけならまだ救いはあるだろう 彼等がアスランに対し 何を思いっているのかはイザークには知る術もない しかし、これ以上アスランを追い詰める訳にも行かないが今は戦争中である 今はアスランが安心出来る場所を与えてやる事しかできないのだ しかし、アスランが例え相手がイザークであったとしても ―助けて― その一言を言うのにどれ程に勇気を振り絞ったのだろうか その一言が言えずにどれ程、苦しんだのだろうか ずっと待っていた言葉 自分がしている事が自己満足なのだと理解していたとしても、やはり不安はあるモノだ これは唯のお節介なのではないのだろうか 本当は自分は必要無いのではないのだろうか そう思った事が無いと言い切れる訳ではない だが、初めてと言ってもいい アスランから直接助けを求める言葉 否、その言葉が無くとも自分がアスランをこのままミネルバに置いておける筈もない事は分かっている それ程までに追いつけられていたのだろう しかし、心のどこかで嬉しいと思ってしまう自分に苦笑を浮かべるしかない これで終わりではない むしろ、これからが本当に大変なのだ しかし… しかし、後少しだけこの想いを噛み締めていても罪にはならないだろう その感情はアスランも同じなのだろうか おずおずとイザークの背に腕が回され 弱々しくだが軍服を握り締められていた 「イザ…ク……?」 「何でもない とりあえず今は眠れ 体力もかなり消耗しているのだろう」 流石に泣き疲れてしまったのかもしれない ウトウトと頭を揺らしだしたアスランにイザークはゆっくりと身体を離させ イザークに促されるままにベッドへと身体を預るが、微かに揺れる不安気なアスランの瞳に 安心させるように手を握り そっと握られた手に、アスランの瞳からは また一粒だけ涙が零れてしまう しかし、眠りに落ちる前に流れた一粒の涙は決して悲しいものではなく 安堵の涙 自分は此処にいていいのだ 自分はまだ生きていていいのだ その想いと共にアスランは久しぶりに安らかな眠りへと誘われた ようやく見えた一筋の光 その光は闇を切り裂く希望となろう 此処まで縋ってしまう事を愚かだと笑いますか 此処まで頼ってしまう事に弱いと罵りますか? 今更、都合がいいと怒りますか? まだ、生きる事を諦めていないのかと呆れますか? 例え誰かに 笑われても 罵られても 怒られても 呆れられても ただ一人 自分にとって大切な人が必要だと 此処にいていいのだと 生きていていいのだと そう言ってくれるのならば ―生きたい― そう願えるんだ… |