人とは常に過ちを繰り返す生き物である 何度、後悔しようとも 何度、懺悔しようとも 歴史は常に人の過ちの繰り返しを記し その歴史を止める術を誰も知りはしない だが、そこで立ち止まり 全てを放棄してしまう程 人間という生き物は愚かではないだろう 人は過ちを繰り返す 人は幸せに縋る 人は懺悔する 人は願う… そうして成長してゆくのが人間なのであろう 愚かでも滑稽でも 人はそうして成長し、生きてゆくのである そう、信じている… 『ドラッグ〜]X〜』 静かな室内 身体を包み込む温もり こんなに穏やかな目覚めは久しぶりだ、と 隣で寝息を立てている人物に視線を向けると 自然と穏やかで優しげな瞳となり 久々に胸に込み上げてくる『幸せ』という言葉を噛み締めていた つい昨日までは与えられる事はもう無いと思っていた温もり―安心出来る場所― この温もりが自分を救い 自分の全てが許されているような錯覚さえ起こさせ 嫌悪する自分の過ちの跡―傷口― その自分の腕にある傷口を慈しむように指でなぞる それは過ちの証 自分の弱さの証 自分の愚かさの証 だが、それさえも許されているようで 傷口に添えられていた指をアスランの隣で眠る人物―イザーク―の頬へと移動させ 傷口を同じよう、慈しむようにその頬を撫でた 「ぃ…ザーク…」 寝起きの掠れた声では上手く名前を紡げず 思わず苦笑を浮かべてしまうが、それでも笑みを浮かべるアスランの表情に 昨日までの闇は顔を覗かせてはいない ―まるで、まだ夢の中のようだ― そう、アスランは心の中で呟くと まるで逃がさないように、離さないように、と 自分を強く抱き締める腕からソッ…と抜け出すと 引き出しの中でまだ存在している過ちの証―道具―を取り出すと 自らの手でゴミ箱の中へと移動させたのだ これで、リストカットやドラッグを止められるか? と問われれば そう簡単に行くものではない 自分を追い詰めれば、衝動的に、無意識に再び切ってしまうかもしれない 薬の副作用により、幻聴や幻覚 辛い記憶のフラッシュバック 今以上の我慢が求められるかもしれない 否、求められるだろう それは永遠に続き 『死』を迎えるまでその『我慢』は強いられてしまうのであろう アスランも勿論、分かってはいる だが、コレは一つのけじめなのである アスランなりの一つのけじめ もう過ちは繰り返さないと その為の努力をしてゆく、と… そういったけじめの現れ 第三者からみたらその姿は酷く滑稽で そんな簡単な事でけじめと言われても笑うのかもしれない しかし、こんな簡単な事でも大切な第一歩なのである 今まで自分を否定し続け 自分を認めることが出来なかった そんなアスランが自分を許そうと歩み始めた一歩 再び、笑って過ごせるように 大切な人たちを悲しませないように 大切で勇気のいる一歩である 「アスラン…」 「……イザーク…起きてたのか?」 「いや今、目が覚めた」 「…そうか」 「アスラン、今日にはボルテールに行くから 自分の支度を整えておけ」 「あ、でも艦長達にも挨拶を…」 「それは俺からしておく どうしても挨拶しときたいのであれば 早く自分の支度を整える事だ 時間になったら有無を言わさず連れて行くからな」 「分かった…」 少し強引だがイザークらしい言葉にアスランは苦笑を浮かべ それでも嬉しく思ってしまうのは今が幸せだと感じている証拠なのだろう 重く感じる身体もこれから起こるであろう 副作用の前触れであると分かっていても 今、この時だけでも忘れたいと思う事は罪なのだろうか アスランはフ…と頭の隅に過ぎった思いを誤魔化す様に イザークの首元に自分の腕を絡め、その温もりに抱き付いた 幸せだと感じる程に襲う不安の影 自業自得だと分かっていても 否、自業自得だと分かっているのに不安になるのは 恐らくは滑稽なのだろう しかし、分かっていても不安だと感じるのは まだ感情が生きている証拠 無意識にでも生きたいと願っている証拠であろう そして、そんなアスランの不安にイザークも気付いたのだろうか 何も言わず、抱きついてきたアスランの背に自分の手を回し まるで子供をあやす様にポンポン…と優しく叩いてやると アスランも微かに頬を緩ませ、その行為に身を預けていた 「アスラン、先に言っておかなくてはならなかったのだが… 俺はこのままボルテールと合流する もし、このままの状況が続くのであれば恐らく A.Aはザフトに来るだろう… その時、お前はどうする…? ボルテールで俺と一緒にいるのか、それとも…」 「イザークと…一緒にいる…」 「そうか」 イザークの言葉を遮るように言葉を放つアスランに 多少の苦笑を浮かべながらも自分を選んだ事に嬉しさを感じるのはイザークも同じである 今まで自分の小さな我が儘さえ言えなかったアスランが 自分を求めたのだ 大切な者が自分を求めた それを嬉しいと感じない人間は恐らくはいないだろう… だが、不安が完全に無くなったわけでもない 否、嬉しいと感じるからこそ不安は今以上に湧いてしまう この先A.Aと遭遇する可能性は決して低くは無く A.Aにはあの二人―キラ・ヤマト、ラクス・クライン―が乗っているだろう そのままアスランの存在に気付かずにいれば良いが もし、アスランの気配を感じたときに あの二人がどう動くかは不明であるのだ アスランを『ドラッグ』に走らせてしまう程に 追い詰め、原因となったとも言えてしまう二人 勿論、その事だけが原因ではないとしても アスランにとって二人の影が大きいのは確かである その二人がイザークにとって最後の不安要素と言ってしまっても 過言ではないだろう そんな心境をアスランに悟られぬよう、気付かれぬように 一つ、溜め息を静かに吐いた そして、その数時間後 アスランは自分の荷物を纏めているのだが 此処に来るのにそう私物を持ち込んでいなかったアスランは 予想以上に早く片付いてしまった部屋を見渡していた 先程まで一緒にいたイザークは艦長達に報告してくると 部屋を出て行ったばかりである 本来ならばアスラン本人が直接、挨拶に行くべきなのだろうが あれから出てきた体調の不調 此処まで自分の想いと身体がバラバラだったのだ と実感してしまえば今は苦笑を浮かべるしかない 副作用が出てくるのは十重に承知していた筈 覚悟は出来ていた筈であるのに こうも早く体調の不調が出てしまうと また自分を罵ってしまいそうであった いつも以上に重い身体を引きずる様に ベットに戻るアスランだったら 今までの事を思い出すと休まなくては… そうは思うのにベットに座り込んだまま 横になる事が出来ない ほんの少しの期間 僅かな時間だった筈なのに色んな事があり過ぎた と、溜め息を吐くが思い出すのは悪い出来事ばかりではない 『オーブと戦うのは嫌か?』 『なら、お前は何処となら戦いたい?』 『どことも戦いたくない、か…』 『俺もだ』 『つまり、そういうことだろ…?』 『割り切れよ、今は戦争で俺達は軍人なんだ じゃなきゃ死ぬぜ?』 『にしてもお前って根っからの優等生だよな 自分よりも廻り 全ての調和を大切にする …少しは自分の事も大切にしてやれ 我が儘を言ったっていい 泣きたきゃ大声で泣け 縋りたきゃ縋れ じゃなきゃお前が壊れるぜ?』 特別親しいと言う訳ではないのに アスランの気持ちを理解し 否定しなかった人物―ハイネ― 彼の事を思い出せば、まだ痛む傷があるが いつかその傷さえも乗り越え、笑えたら… そう、思う ハイネが望むのは何時まででも彼の為に 泣き続ける事ではなく 誰もが笑っている世界を作ってゆくことだと 今、アスランは思えるようになったのだ しかし彼の性格からすれば 彼が望むのは決して綺麗な世界ではなく 笑って 泣いて 喜んで 怒って そんな人間らしい世界を望んでいるであろう そんな事を考えながら こんな風に思えるようになったのは先程イザークと交わした新たな約束 本当に自分は単純になったものだ。と苦笑するが それは決して苦痛ではない 『おい、アスラン』 『…ん?』 『一つだけ約束してもらいたい事がある』 『約束して欲しい…事?』 『あぁ、俺はお前を縛り付ける気も お前の行動を制限する気も無い だが、一つだけ俺に約束しろ お前が自分を罵る必要性は何処にもない 自分を蔑む必要性も何処にもない お前がまずすべき事は… 少しの事でも自分を認めてやれ 自分を褒めてやれ そんな心がけ一つで気持ちは大分変わるものだ』 『……分かった』 『だからと言って無駄に頑張ろうとするなよ』 『分かってるさ』 その時の自分がどんな表情をしていたのかは不明だが イザークの瞳に写る自分の顔は幸せそうに微笑んでいたのを覚えている 重い身体で微笑む事さえ辛いと感じる筈なのに 瞳に写る自分は無意識に微笑んでいたのだ それは貼り付けの笑顔では無く 無意識に気を使ったわけでも無く 只、純粋に嬉しいと…そう、感じたのだ そんな事を考えながらアスランがイザークの帰りを待っていれば 来客を伝える電子ブザー 重い身体で相手を迎え入れれば 目の前にいるのは赤眼の少年―シン― その紅の瞳に写るのは戸惑いの色 アスランが倒れ、この部屋に連れてくるまでの廊下で イザークと交わした言葉を何度も繰り返しては 自己満足だと言われようとも、一言 謝罪しようと思っていたシンであったが こうも早くこのミネルバを離れるとは考えておらず 謝る為の心の準備がまだ出来ていない。というのがシンの正直な心境である 謝ると言葉にするのは簡単だが それを実行するのには多少の覚悟は必要であろう シン達がいくらアスランの為を思ったからと言って アスランを追い詰めた要因の一つに自分達が含まれているのだとしたら 罵られても拒絶されても仕方の無い事であり シンが自分の気持ちを自覚してしまえば アスランから拒絶の言葉を聞く勇気はまだ無いのである 例え都合の良い想いだと言われようともそれがシンの正直な気持ちである 「…シン…?どうかしたのか…?」 「あの…俺………っっ」 「…シン?」 「俺…こんな事、言える立場じゃないけど… あんたに…じゃなくて、アスラン…に謝りたくて… 俺、本当に最低な事ばっかりして… 取り返し付かない事ばっかり…で…」 「シン…」 話を遮るように言葉を発したアスランに シンはビクリ…と身体を揺らし 戸惑う瞳のままアスランに視線を合わせれば そこに居るのは辛いはずなのに 微笑を浮かべているアスランの姿であった 罵られるかもしれない 拒絶されるかもしれない 軽蔑されているかもしれない そう思っていたシンは予想外のアスランの反応に ただ、呆然とその姿を見つめる事しかできない 何故、あんな事をされて微笑んでいられるのか 何故、辛いはずなのに微笑む事が出来るのか 憎んでいい筈の自分に何故、微笑を向けるのか 何故、彼は自分を嫌っていないのか シンの脳裏に浮かぶのは疑問ばかりで 考えてきたはずの謝罪の言葉さえも真っ白になっていた 「シン…いいんだ あの時の事は仕方の無い事だし… 俺も…済まなかった… お前の気持ちも考えずに… 自分の言いたい事ばかり言って お前を傷付けて… 家族や大切な人を失う辛さは俺だって分かってる筈なのに… 本当に…すまなかった…」 「違っっ 俺だって!!俺だって…言いたい事ばっか言って まだガキだから目の前の事しか見られなくて… だから…その…つまり、俺が言いたい事は… あ゛―――!!もうわかんねぇ!! とにかく俺が悪いんです!!」 頭を抱えるように最後は謝っているのか 喧嘩を売っているのか分からないような口調ではあったが それがシンらしいと言えばシンらしいであろう アスランは苦笑を浮かべながらも 首を縦に振り 苦しさなど感じさせない程、綺麗に微笑んだ 「随分、賑やかだと思えばやはりシン、貴様か…」 「イザーク、もう挨拶は終ったのか?」 「あぁ、誰かのようにモタモタと動くのは性に合わんのでな」 「手厳しいな、イザークは…」 「当たり前だ、俺はそんなに甘くは無い」 「そうか」 イザークの呆れたような声に シンが自分達の状況を見直せば、此処は部屋のドアの部分であり 周りから見たら頭を抱え何かを叫んでいるシンに それを見て苦笑を浮かべているアスランの光景は とても可笑しいものであろう だが、そんな事を気にする様子もなく イザークはアスランの方へと歩み寄り 部屋の中を確認するように覗きこむと、既に支度し終わっている アスランの荷物を持ち 内心ではこうも私物が少ないものかと呆れるが、合えてそれを表には出さず 再びアスランへと向き合っていた 「アスラン、支度が済んだのであればボルテールに行くぞ いつまでも此処で世話になるわけにはいかんだろう」 「あぁ、大丈夫だ 支度も済んだし、体調もさっきに比べれば大分良くなったしな」 「そうか…シン、貴様にも世話になった」 「あ、いえ…」 「シン…本当に有難う… 世界がまた平和になったら一緒にオーブの慰霊碑に行こう… あそこには今は、もう何にも無くてもシンの家族の人達が暮らしていた場所だ お前も…俺も…少しづつ受け止めていかないとな」 「はい!!勿論です!! あんたと違って俺は強いですから大丈夫ですよ!!」 「そうか、それは頼もしいな…じゃあ、またな」 「はい」 アスランが合えて別れの言葉に選んだのは『さよなら』ではなく 『また』という言葉 それは『また、逢おう…』そういう意味を込めた言葉であり 悲しむ必要性は何処にもない 戦争中は会う事は叶わないかもしれない 平和になる日も遠いかもしれない 交わされた約束が叶う事はないかもしれない だが、交わされた約束があれば それが僅かでも『生』に縋りつく鎖となれば アスランにとってもシンにとっても それ以上に喜ばしい事などないだろう 遠ざかるイザークとアスランの背中に声を掛ける事も 見送る為に後についてゆく事もせず ただ、シンはその場から見送っていた そしてその同時刻、強奪された一つのシャトル 犯人はプラントの歌姫ラクス…正確にはラクスをしているミーアの姿であるが その姿と酷似した人物の犯行であり その後、強奪されたシャトルは縛られた自軍の者以外には発見されず だが、保護された者達は目隠しをされ 姿を確認していないが ―声がラクス様そっくりであった…― と証言していた それが何を意味するのかを理解出来る者は少なく 報告を受けた議長はソレを理解したのだろう 不敵な笑みを浮かべ 机の上に置かれているチェスのクイーンの駒を 楽しげにに眺めていた 「どうやら本物のラクス・クラインが動き出した。という事かな」 物語は終焉に向けて動き出し 最後の歌を奏でる 両者が何を想い 何を求めるのか それは両者には分からず 想いが正反対であれば 想いを交わらす事も難しいであろう そしてその中立に位置している人物は 両者の想いを理解出来るであろう人物は一人しか居ない しかし、彼に全てを押し付ける事も出来ないだろう 彼に全てを押し付けてしまえば壊れてしまうだろう 全てを背負おうとし 溜め込んでしまうのは目に見えて分かっている事実である 例え、彼が中立の立場で頑張ったところで 両者が歩み寄る事がなければ それも無駄に終るだろう 両者の言葉の偽りは此処で明らかだ ―戦わず、話し合う 人は歩み寄る事が出来るのだ…― そう言い出したのは両者… しかし、両者が行っている行動は………?? 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