『…ち…ちぅ…ぇ…』

『は……は、っぅえ…』

少年の泣き声が屋敷の中で淋しく響き
少年のいる一室は床に倒れる人物を中心に血溜まりが出来ていた

6、7歳の少年の名を『アスラン』といい
床に倒れているのはその父と母−

幼いアスランには何が起こったのかは理解出来ず紅に染まっている両親の身体を揺さ振る事しか出来ない

充満する血の臭い

眩暈がする程の臭いにアスランの瞳からは更に涙が溢れ
何か分からない恐怖が幼い身体を駆け巡り警告を放つ

−此処ニ居テハイケナイ−

−早ク離レロ−

−早ク−
−はやく−
−ハヤク!!!−

だが、アスランの身体は震えるばかりで動こうとはしない
それは恐怖のせいなのか
両親から離れたくないのかは不明…
いや、恐らくは両方だろう

恐いから自分の全てである両親から離れたくはないのだ

『…ふぇ…っう、父…うえぇ…ぁ…っ、はっは…ぅえ…』

ドクン、ドクンと心臓が五月蝿い位に大きく聞こえ
キーンと頭を圧迫される程の耳鳴り

−ドクン−

−ドクン−

−ドクン−

−ドクン−

−ドク、ン−











































次の瞬間、耳鳴りが止み
五月蝿い心臓の音も静かになっていた

そして、そのかわりに響く凛とした声
感情を見せない静かな口調であったが
恐怖を感じさせる事のないその人物は幻想的な美しさを持ち合わせ
その瞳は月明かりに照らされ
妖艶に輝いていた

『…遅かったか』

プラチナブロンドに青空を連想させる瞳の
黒を纏いし青年…−

『………アスラン…ザラだな?』

『…っう…だ、れ…?』

『俺はイザーク…イザーク・ジュールだ』

『っ…ふ…ぃざ…?』

『アスラン…俺と共に来い』

突然、差し延べられた手
突然、差し出された言葉
選択肢の無い言葉に少しばかりの同様を見せるが
何故かその場で『何故?』という疑問は浮かばず
幼い手はイザークの手を弱々しく、だがしっかりと握られていた

それがイザークとアスランの出会い…−−

狂った運命の輪が廻る…












































『Saking blood love』











































そしてこれからの物語はこの十数年後の物語となる…−−











































隣から人が離れていく感覚に青年が瞳をゆっくりと開け
離れていく人物にけだるそうに視線を向け
ぼんやりとその背中を眺めていた

薄暗い闇の中で唯一の光りは蝋燭の明かり
ジジッという音を立てながら周りを照らす蝋燭
人間は蝋燭が消えると己の命も消えるとよく言うがそれは
人間以外のモノ−吸血鬼−と呼ばれる彼等から見ればそれは正解であり間違いでもあると言う

彼等から見れば人間の寿命は蝋燭程に短く儚いが
蝋燭のように美しく輝き続けることはない

青年の視線に気付いた人物はゆっくりとした動作で
青年を見つめ意地が悪そうに微笑んだ

薄暗い部屋で蝋燭の明かりのみ
意地が悪そうに微笑んだと、よくは見えなかったが彼が放つ雰囲気で確信は持てていた

「珍しい事もあるもんだな。
 俺が動いた位でお前が起きるとは…」

「イザーク…」

青年−アスラン−がイザークの屋敷で暮らすようになり
十数年が経つというのにイザークはあの時の美しいままの姿で存在している

アスランといえば18歳となり可愛らしかった容姿から
今は美しく変化し、微かに残る幼さの中にも妖艶な雰囲気を醸し出していた

宝石を埋め込んだような翡翠の瞳に陶器の様に滑らかで白い肌
…夜程に深くはないが白い肌に良く映える藍色の髪
中性的な容姿は見る者を魅了する

「………昔…イザークと初めて会った時の…夢を見た……」

少し掠れた声でイザークから視線を外さないままアスランはゆっくりと思い出すように語った











































あれから幼かったアスランはイザークの手をとり連れられたのはこの屋敷
古びた洋館のようだが中に入ればどの部屋も小綺麗に片付けられ
置かれている家具はアンティーク調で古そうにみえるものの、どこか高級感を漂わせている

『…………っ』

『今日からお前は此処に住むんだ』

涙を今だ瞳に溜めながらアスランはイザークの服にしがみつき
離れようとはしない

『…アスラン』

『…………っふぇ』

瞳に溜まった涙は重力に逆らわずにポロポロと頬を伝い
幼い手で涙を拭い涙を止めようとするが正体の分からない感情が溢れ
涙は止まるどころか更に涙が溢れてくる

『…っ…ふ…んくっ…っ』

『…ほら、眼を擦るな…
 泣きたい時は気の済むまで泣け』

『…ぅ…い、ざぁ…』

アスランと瞳が合うように屈んでやり嫌がらない程度に
その幼い手を征しながら語るような穏やかな口調でそう告げると隻を切ったように涙が更に溢れ
アスランの顔は涙でくちゃくちゃになってしまっている



























『あら、その子がアスラン…?』




























女性のとても懐かしむような慈しむような声に二人が振り向けば
そこにはイザークによく似た女性の姿

『……っう…?』

『…母上…』

『初めまして、アスラン
私はイザークの母親でエザリア・ジュールよ』

イザークとは少し違い
女性独特の柔らかさを持ちながら
だがその姿はやはりイザークと同じ気高さを持っている

『今日から私達が貴方の家族になるのよ』

『かっぞ…く?』

二人の出現はアスランにとって第二の家族が出来たと同時に
大切な者も出来た瞬間でもあった

それからの日々は楽しい、としか言いようがなかっただろう
新しい家族に最初は戸惑っていたアスランも今では打ち解け
本当の家族のようであった

決して父や母を忘れたわけではない
今でも愛おしいと思うし
今でもアスランの世界の全ては父と母が中心となっている

時折、あの日の夢を見て恐怖に再び襲われるがそれでも瞳を開ければ
薄暗い空間にサラリとした銀髪が目の前にあり
『一人ではない』という安心感に瞳に溜まった涙が一粒零れ、再び眠りについた

夜なのか昼なのか分からない屋敷内
外には出た事はまだ…ない

それはイザークからもエザリアからも止められており疑問に思ったものの
不自由のない生活にアスランは特に嫌だと思った事はない

だが…

『…いざ…今日もお出かけ…?』

『あぁ…………そんな顔をするな。
直ぐに帰って来る』

『…………ん』

毎晩ではないが頻繁にイザークは屋敷を出た
すぐに戻ってはくるのだがそれでもアスランは不安に駆られるのか
イザークが出掛ける時は不安気に瞳を揺らしすぐに帰ってくるのか?と確認をとってしまうのだ

何の為に出掛けるのかは知らない
エザリアに聞けば

『今はまだ知らなくていいわ
いつか…貴方にも分かりたくなくても分からなければならない時が来るかもしれないけれど…』

と言われアスランは首を傾げるしかない
その当時、まだ幼かったアスランには自分の秘密など知らず
又、知らなければ知らないままの方が幸せだったのだと知るよしもなかった

『ごめんなさいね
なんだか言っている事が目茶苦茶でわからないわね』

苦笑しながらそう言うエザリアに
アスランは首を左右に振りぎゅっとしがみつきながら今の生活からの変化を拒んだ

父と母が死に
あの時に聞こえた『声』
自分と似たような声なのに
自分とは違う何かだったような気がしてならない

自分なのに
自分ではない

−ジブンハナニ?−





































だが、不変などありえるわけもなく日常だった平和、安らぎは脆く音を立てながら崩れゆく

あの時と同じ…
部屋に広がる



あか
…アカ…

『………ぁ…あ…っっ』

『アスっ…逃げな、さ…っ』

『くっ…母上!!!』

視界が暗くなる
イザークの声も靄の掛かったようにボヤけ

……臭いがする……

眩暈がする程の血の臭い

人とは異なる姿の者はエザリアの心臓部にとどめとなる杭を刺し
標的はイザークへと変わる

アスランはどこも見ていないような瞳で
その光景を眺め一筋のエザリアの血がアスランの足元へ流れ着き無意識の内にソレにアスランは触れていた

まだ生暖かい
−…血…−

−クスっ−

−クスクス−

アスランから笑いが漏れた
手に着いたソレを猫の様にペロペロと舐めうっとりと微笑んだ

それは覚醒の証
眠っていた血がザワザワと騒ぎ
酷い渇きを覚える
それはまるで長い間、潤いを与えられなかったかのように…−

それは覚醒
人あらざる者の血が騒ぎ
本能が叫ぶ

−…血が欲しい…−

と…
だがそれはアスランにとって苦悩の始まりを告げるものでもあったのだ

そんなアスランの異変にイザークが気付いたのは
エザリアを殺した人とは異なる姿の者を倒した後だった

相手は手強く苦戦を強いられたがそれでも
イザークは一瞬の隙を見逃さず相手の急所となる部分を狙い仕留めたのだ

『………アスラン…?』

−クスクス−

『アスラン』

−クスクスクス−

『アスラン!!』

ビクリとアスランは身体を揺らし、虚ろだった瞳は本来の輝きを取り戻し
今の状況を見渡した

血の海に倒れるエザリア
血に汚れている自分の手
口内に微かに残っている鉄のような血の味…
蘇る自分のしていた行動

『…ぁ…あ…い、ざ……あっあぁ…僕…』

その時はただ自分が恐かった

血を舐めた時に至福に感じていた事を
血の味が華のような香りがし甘く感じた事を
それを何の疑問も持たずに本能に従った事が

自分の全てが恐くなった…

『…………アスラン…お前に本当の事を…
お前の秘密をお前に教えてやる…』

『いやだぁ!!…い、やだ…ぁ、やだ…やだよ、聞きたく…ない!!』

『……だが、今のお前が真実を知らぬまま生きて行く事は出来ない』

『やだ、やだよ…いざ、ク……知らないもん…
何も…分かんないよ!!』

『アスラン!!
……今すぐに全てを受け入れろとは言わん
しかし、今のお前には知らなくてはいけないんだ
自分が何であるのか…』

困惑に満ちた瞳がイザークに向けられ瞳の奥にはハッキリと恐怖が映っていた
苦虫を潰したかのようにイザークはその端整な表情を歪め
アスランを恐怖から守るように、慰めるように優しくその腕に閉じ込め
又アスランも恐怖から耐えるようにイザークの服を幼い手でぎゅっと握りついた

真実を語ると口にしてから少しの沈黙が降り
真実の嘘のような話はポツリと零したイザークの一言から始まった

『本当はお前は人間ではない…』

アスランは吸血鬼と人間から生まれた混血であり
吸血鬼でもなければ
人間でもない存在

人間の血が強ければ
吸血鬼の本能が眠っていれば普通の人間と同じ様に暮らせていただろう

だが、アスランは覚醒してしまった
血を口に含み
今は喉の渇きに襲われていた

例え混血であったとしても吸血鬼の血が交じっているのだ
血を飲まなければ激しい喉の渇きに襲われ
飲まなければ死ぬ事はないが身体の機能が低下し深い眠りについてしまう

吸血鬼としての本能が目覚め生きたいと願うならば血を飲むしかない
そうしなければ死と同じ様な眠りについてしまう

イザークがあの日、あの家に来たのは流れて来た情報を耳にしたからである

−ザラ家が襲われる−

イザークの母とアスランの母は友人であり昔から仲も良かったのだと聞いていた
エザリアもザラ−レノア−が襲われるという情報に疑いながらも
イザークを行かせたらあの悲惨な光景となっていた場所に出くわしたのだ

倒れている母の友人とその夫…
そしてその傍らで泣いていたアスラン

連れてこい、とは言われてはいなかった
だがその余りにも弱々しい存在に
いつの間にか手を延ばし共に来いと口に出していたのだ

ザラとはイザーク達のような吸血鬼の中でもエリートの存在として扱われていたが
エリートの中で生まれ
その容姿も一族の中で飛び抜け、将来も有望であったアスランの母でもあるレノア
しかし彼女は人間の男―アスランの父―を将来の伴侶とし
一族の中から姿を消してしまったのである

そして、その行為を一族に対する裏切りと称する者達もおり
その者達が今まで姿を隠して暮らしていたレノアを見つけ
あのような悲劇が起こってしまったのである

そんな二人から産まれたアスランは人間ではない
だが吸血鬼でもない
不確かな存在

混血種−ダンピール−

血は飲みたい
だがアスランは拒絶する
本能を理性が邪魔をする
人間の部分は血を拒み
吸血鬼の部分が血を求める

受け入れがたい事実
だが
受け止めなければならない事実

求める本能と
拒む理性

血を飲み吸血鬼として永く生きるか
血を拒み人間として生き
死と同じような眠りにつくか…
選択肢は二つしかなく、幼いアスランに直ぐに決められる筈もないのだが
今まで人間として暮らし
人間の物を口にしていたアスランにとって血を飲む
という行為は恐怖でしかなかったのだ

『飲むんだ、アスラン…』

だがイザークはアスランの眠りを拒み

『やだっ…』

アスランはそれを拒んだ

『喉…渇いてるだろ?』

『……………っ』

渇いていないはずがない
あれから3日が過ぎ焼け付くような渇きに襲われているはずだ

吸血鬼にとって血は食事であり水分でもある
それを3日も採ってはいないのだ
喉が渇かないわけがない

実際、アスランの声は掠れ
喋るのさえ辛いように見えてしまう

それでも頑ななまでに血を飲もうとはしないアスラン

それは人間だった部分が否定するのか
血を飲む事で人間だった父を裏切ってしまうように思っているのか

それはアスランにしか分からない

−チッ−

イザークは軽く舌打ちをするとアスランの小さな顎を掴み上を向かせた

『…………っっ?!』

今、アスランの目の前にはイザークの顔があり
唇に柔らかな感触

キスをされているのだとアスランが認識し
慌てて抵抗しようとするが
顎を掴むイザークの指の力が強さを増し
ヌルリとした感触のモノがアスランの口内で妖しく蠢く

『………っん…ゃ…っっ』

初めての感触にアスランは戸惑い涙した
挨拶程度のキスならば経験はある
しかしこんなにも、全てを奪われそうなキスの経験はなかった

だが、口付けを交わしている内に喉の渇きは潤され
クラクラとする感覚が気持ち良くなってきてしまう

今まで水を飲んでも潤わなかった渇き
その口付けはまるで血を舐めている時の至福と酷似していて錯覚してしまいそうになる…

『…っあ…は…っ…』

唇を離せばツゥ、と唾液でまだ互いが繋がっていた

身体は血を舐める感覚によく似た口付けをもっと…と求めているが
それでも先程に比べれば喉は潤い少しの満足感を得ている

『…少しは渇きが癒えただろう…』

『…な、んで…?』

『吸血鬼同士ならばこの方法で血を分け与える事も出来る』

『………』

その台詞はもうお前も吸血鬼なのだと言われているようで
アスランは何も言えず顔を泣きそうに歪めながら俯いてしまった

恐らくイザークの言っている事は正しい
吸血鬼として覚醒したのであればその事実を受け入れ生きて行くべきなのだろう
しかし、幼いアスランにとってはまだ
その事実を受け入れる事が出来ず人間だった父を思い出してしまう

アスランは分かっていた
まだ幼い子供にしか過ぎなかったが
アスランは子供にしては物分かりもよく賢い子だ

これは唯一の我が儘

まだ、人間として人間の父との繋がりを失いたくはなかったのだろう













































そして、月日は流れ現在に至る
我が儘は今だに続いており
過去を断ち切る事が出来ない

それは本当に我が儘−?
唯一の願い
父との繋がり
過去の思い出

まだ少しでも人間で有りたいと願うのは本当に我が儘なのだろうか…−?

口付けよりも先を求めたのはいつから、どちらからだっただろう…?
血を飲む時の快楽
血を与える快楽
その快楽の延長戦のように流されるまま…必然のように求めた

鎮まらない身体
抑えの効かない本能
血を求めし二人の吸血鬼
快楽のままに互いを求め…
身体ばかりの関係がいつしか互いになくてはならない存在となっていった

だが、血をイザークを求めれば求める程に
アスランの精神は蝕まれ闇に飲み込まれてゆく

人間と吸血鬼の狭間で揺れ動く心

イザークと共にある為には吸血鬼となり生きていく事が互いの為であり
長く…命が散り逝く時まで共にいられるだろう

だが、人間のままをいつまででも望めばイザークに負担ばかりを掛け
命は確実にアスランの方が先に散るだろう…

揺れる心
蝕まれる精神
求める身体

何がいいのか…
何が間違いなのか…

今はまだ…
わからないまま…

「イザーク…俺は…」

―此所に存在していていいのか…?―
―此処にいて父は悲しまないだろうか…?―

「…俺は」

―此所で生きていていいのか…?―
―此処で生きて母は苦しまないだろうか…?―

「…俺、は」

―此所に存在したい―
―死んだ両親を悲しませたくない…―

言いたい言葉はそれ以上出てはこない
言いたい
伝えたい
聞いてほしい
それなのに肝心な言葉は出てこず
押し潰されそうになる心を必死で耐えるしかない

いつの間にか瞳からは涙が溢れ
意地悪そうに微笑んでいたイザークの顔も真剣なものへと変わっていた

自分が怖い
怖い
こわい
コワイ

助けての言葉は出なかった
いや、言えなかった
今でも負担を掛けているのにこれ以上
負担になるような事はアスランが拒んだ
又、イザークもそれを悟り無理をしてまで聞き出す事はなかった

願いはただ

生きて欲しい

それだけ―…だった…

「アスラン…」

「イザーくっ…俺は…どうしたらいい?
 どうしたらっっ…」

それはアスランが覚醒してから初めて出た弱音
言いたくても
聞きたくても
伝えたくても
出なかった言葉

「アスラン…それはお前が決める事だ」

「…っっ」

「お前の父上や母上…もちろん俺の母上もお前の幸せを願っていた
 だからお前の幸せはお前にしか決めることは出来ない
 俺がどんなにお前に生きて欲しいと願おうが…
それがお前にとって不幸ならば…俺にそれを止める権利などない」

淡々と述べられる言葉

「俺…は…」

決めなくてはならない
生か
死か

今ままで不様に生き永らえてきた
しかし、決断は迫られる

繋がりを消したくない自分と
共に行きたいと願う自分

人間か
吸血鬼か

自分の幸せ

そう、考えた瞬間に思いついたのは、ただ一つだけであった

それは―

彼の…傍で存在したいと願った

吸血鬼である事を否定しながら
彼の傍で存在したいと願った
しかし、傍で存在したいと願うのであれば
吸血鬼として生きてゆくほか無い

だが、その願いは両親を顔を思い出す事で揺らいでしまう
子供の頃に失った掛け替えの無い者
その存在はあまりに大き過ぎ、決心を鈍らせてしまう
































人間でなくなっても…

父や母は悲しみませんか―?
父や母は許してくれますか―?
































闇夜に浮かぶ紅い月
それは狩りの合図
生きとし生きる者は月に魅了され…自分の中の獣が暴走する夜

「っ…イザ…ぁ…」

「アスランっっ…」

紅い月の夜は自分の中の獣…本能が抑え切れずにいつも以上に相手を求め
血を望んでしまう

「…イザ…もっ、と…」

翡翠の瞳からは涙が溢れ
それが生理的な涙なのか他の感情から溢れる涙なのかは本人でさえも分からない

ただ涙が溢れ

胸が締め付けられる

こんなにも傍にいる事を望みながら人間である自分が否定して拒絶する

父や母が死んだ時に何も出来なかった
幼かった…
幼くて無力過ぎた自分

逃げる事も助ける事も出来ずにただ
泣いて
ないて
ナイテ
両親に縋っていた自分

そんな自分が今
幸せになってもいいのだろうか―?

「っ…ぁ…ぅ…あ…」

自分が今、望む幸せは…
恐らく両親が望んでいた幸せとは違うものだろう

きっと父や母は人間として平凡に穏やかに、生きて過ごして欲しかったはずだ
しかし今、自分が望む幸せは彼の…イザークの傍で過ごす事

それは同時に吸血鬼として生きる事を意味している

両親を想う心
彼を求める心
すれ違う願い

「…っあ…イザぁ…ぁ」

溢れる涙

「アスラン…っ」

熱の籠る身体

「…ふっ…っ…ぁ…」

揺れる心

微かに囁かれた言葉
だが熱に浮かされた身体では理解する所か聞くことさえ出来ない

「―――――――」

「イ、ザぁ…ンン…ぁ…」

「――――まで――」

「っあ…ぁ…あぁ―――っっ!!」

その時、確かに聞こえた気がした

それは甘美な誘い
迷う心にそっと手を差し延べられたような…そんな錯覚さえ覚えてしまう

囁くように甘い声で
甘やかす声で…
そんな…卑怯だ
自分の幸せは自分で決めろと言っておいて…

そんな、言葉…














「…此所まで堕ちてこい…」














それは甘美な誘い
それは甘く危険な禁断の美酒のように生きる者を惑わす

甘い囁き

「堕ちてこい、此所まで…」

逸らす事の出来ない瞳
ぶつかりあう蒼と碧

まるでソコだけ時間が止まったかのように何も動かない

分かるのは互いの温もり
荒い息遣い
五月蠅い心音

「…アスラン」

「…イ、ザ…っ…ずる…い…」

狡い…
選択を自分でさせておいて
自分で決めろと言っておいて

最後はやっぱり…
イザークに背を押してもらわなくちゃどこにも動けない

「…イザークは…狡い…」

「……あぁ」

「……狡いよ…」

「……そうだな」

「…でも…俺は…卑怯だ…」

いつの間にか自分で選ぶ事が怖くなって誰かに…
イザークに背中を押してもらわないと何も決められない
自分の事なのに…
自分で決める事が怖くて
答えは決まっているのに…
それを言えずにいた

「……アスラン…」

「………っっ」

優しくアスランの頬に触れ溢れ続ける涙を拭う
それを瞳を閉じて受け入れるも涙が止まる事はない

傍に居たい
そばにいたい
…そばに…いたいよ…

イザーク…

「……ほんと、は…決まって…た…」

選んでいた

「…っでも…」

怖くて

「…父や…母を…」

裏切る気がして

「…決めていた…のにっ…」

言えずにいた

「決めてた…っけど…」

まだ血を飲むのが怖くて…

「…イザーク…の…」

傍にいたい

「…言えなか…った…の、は…俺が…」

弱いから

「……………知っていた」

だから引き止めた

「生きて欲しいと…」

願った

「共にいたいと…」

望んだ

「お前が俺のものであり続ける事を…」

求めた

絡められる指先
再び籠る熱にただ身を委ねたい

今は此所で
彼と共にいたいのだから

「…イザーク…っ」

「アスラン…」

再び囁かれた言葉

『堕ちてこい、此所まで…』

それは恐らく初めから決まっていた運命
狂った時はいつまでも流れ続け
二人の獣は今日も血を互いを

―…求めた…―

それは人あらざる
美しき吸血鬼の物語…―













メルマガで配信していた吸血鬼モノでした
いや、在り来たりな展開+トントンと進んでいく内容に
なんじゃこれ!!と思われた方もいるでしょう;
今、見ると恥ずかしいですし
脱字だらけでした(苦笑)
確か、お題が『人間じゃなくったっていいじゃないか!!』だったような気が…
多分ですけど…(記憶が曖昧すぎる;)

この後は全く考えておりません
でも、多分イザアスですので幸せになったんだと思います(笑)