これは先の戦争が停戦してから、それほど時が経っていないストーリーである 先の戦争で精神が追い詰められていた少年―アスラン・ザラ―は悪魔の薬と呼ばれている 通称『ドラッグ』に手を出してしまい 精神、肉体までもがボロボロになりながらも 周りには悟らせぬように努めていた しかし、そんなアスランの状態に唯一、気付いたのは元同僚であり アスランが自分をさらけ出せていた相手―イザーク・ジュール―だけであった 停戦の後、イザークはアスランをプラントへと連れて帰り 回復を願い、イザークの自宅にてアスランの治療を行っているのだが 『ドラッグ』は例え、10年20年やめていても、急に薬を使用していた時の症状が表れ 再び、薬に手を染めてしまう者もいてしまう 『ドラッグ』とは一度、使用していまえば 一生 そのリスクを背負って生きていかなくてはならないのだ… しかし、今回の話はその中でもアスランが安らげていた時のストーリーである 『ドラッグ〜番外編〜』 ジュール家が所有している白を基調とされている家に イザーク・ジュールとアスラン・ザラは その身を寄せていた プラントの管理されている人工の青空、陽射し だが、人工物とは思えない程に その風も暖かさも穏やかで ついアスランは白いカーテンが揺れている 大きな窓辺でうたた寝をしまっていた 薬を使用している時や 精神が追い詰められていた時に比べれば それは考えられない と言っても過言ではないだろう あの時の、アスランは眠れず睡眠薬を大量に使用するか そのまま眠らないかのどちらかであり 唯一、眠れていた場所はイザークが与える場所だけであった 確かに、此所もイザークがアスランに与えていた場所であるが 精神的に追い詰められていたときのアスランは イザークがその身から離れていく気配を感じれば目を覚ましてしまっていた しかし、この部屋にイザークの姿はまだ見当たらず 部屋にはアスランの姿のみで白のカーテンが 穏やかに揺れているのみである それだけアスランの精神は安定と穏やかさを取り戻しつつある証拠なのだろう 実際、アスランの主治医にあたる人物の意見も同様であり 油断は決して出来ないが、以前に比べれば アスランの精神は安定を取り戻しつつあるのだ 穏やか時間 穏やか日々 それは些細な日常なのかもしれない しかし、アスラン達にとってはそんな些細な日常が嬉しく、大切なのだ ―ガチャリ― と、扉の開く音と共に姿を見せたのはこの家の主の一人息子であるイザーク・ジュール 普段は冷たく硬質な印象を与えるその瞳も、今は穏やかで暖かみを帯びている アスランの症状が良くなってきているお陰なのかかもしれないが イザークがアスランを見つめる瞳は 元々、暖かみを帯びていたがディアッカが言うには更に落ち着いて来たらしいのだ あの泥沼のような戦争が終わったからといって それはただの停戦に過ぎず、アスランに至っては 停戦になったからこそ その身は更に危険に晒されていたのだ クライン派でもアスランの生死の意見は二つに別れている ザラをまだ支持している市民がいるのだからアスランを政治に利用したい つまりは生かしたい者 ザラを支持している市民がいるからこそアスランは危険因子だ つまりはアスランを亡き者にしたい者 その二つに別れている そして、イザークはその評議委員達に アスランの精神、体調等を理由に今の一時を手に入れたのだ アスランを亡き者にしたい者にとっては今は逃したくない時期だが 新しく議長になった者の口添えもあり 渋ってはいたが、イザークの意見が取り入れられた その新しく議長となった者が何を考え、何を思い アスランに僅かでも休息を与えたのかは不明である 彼が本当に何の差別も無く、平和な世界を作りたいのか それとも他に真意があるのかは誰にも分からないのだ 「アスラン…こんな所で寝たら風邪をひくぞ」 「………んっ…ん〜…」 イザークの問い掛けに瞳を微かに開けるが まだ意識は覚醒していないのだろう トロンとした瞳をイザークへと向け 瞳を閉じたり開いたりしているが、その瞳はまた重く閉じられようとしている そんな、アスランに苦笑とも取れる笑みを向け 外に視線を向ければ日も少しだけ傾き始めている いくら、気温も設定されているプラントと言えども 夜になれば多少成り気温は下げられてしまう ユラユラと揺れるカーテンに このままでは風邪を引かなくとも、身体は冷えてしまうだろう イザークは呆れたように溜め息を一つ吐き出し 毛布か何か掛ける物を取りに部屋を出た こんな風にゆったりと流れる時間に こんな生活も悪くない そう、思えるのは恐らくはこの生活が長く続けば良いと願っているからだろう そして、アスランがこのまま順調に回復しても 誰も声を出さないで欲しい 誰もこの生活を奪わないで欲しい と、そう願うのだ その願いは、アスランの為でもあるが自分自身の為でもある 「よ、イザーク」 突然聞こえてきた声に イザークはあからさまな程に、眉間に皺を寄せ 図々しいともとれる人物に視線を向けた 勿論、それは声を掛けてきた人物が分かっている分かっているからこその行動であり イザークの軽い頭痛の種でもある そんな芸当が出来るのは一人しかおらず 二人の同僚であり イザークの幼馴染みでもあるディアッカだけである 「何をしに来た」 「何しにって二人の様子を見に?」 「そんな下らん理由でほぼ毎日来るな」 「へいへい…」 キツくも聞こえるイザークの口調も 前に比べればだいぶ落ち着いた方だろう だが、幼馴染みでもあるディアッカにしてみれば それは不思議な事でもないのだ…と苦笑を浮かべるのみだ イザークはアスランと一緒に居た時は アスランの症状を酷くさせぬように支えており 離れた後で再会した時も、誰も気付かなかった… いや、ディアッカは気付いてはいたが 何も出来なかったにも関わらず イザークは唯一アスランと正面から向き合い、支えてやったのだ そんな二人を『供依存』と言う者さえいるかもしれない だが、二人はそんなものではなく もっと深い所で繋がっている… そう、ディアッカは思うのだ 泣いて 笑って 喧嘩して そんな当たり前の事がアスランには出来ていなかった エース、議長の息子というプレッシャー 友人が敵軍に居るという衝撃、苦痛 その友人が戦友を殺した事実 そういった重りにアスランは一人で耐え そして、それを見抜いたのだイザーク 確かに今、自分も含め二人にとって優しい状況ではないのだろう しかし、二人が二人でいてくれれば それでいいとも思うのも事実であり本音だ 「で、アスランは何してんだよ?」 「アスランなら寝ている だから起こすなよ」 「ふ〜ん…まぁ順調に回復してる いい事、なんだよな…」 「……………」 「アイツらと一緒ん時はあんま眠れてなかったみたいだし…」 「………そうか」 「でも、甘やかし過ぎなんじゃないの〜?」 「……………どうせ、いつかは奴等が来るか連絡を寄越すだろう そしたら、また奴にとっての休息の時間は減る 今くらい甘やかしていたところで罰は当たらんだろう」 今は少しでも休息を… 今まで苦しんで苦しんで 我慢して ボロボロになっていた だからこそ、甘えられる場所を 甘えていい場所を与えてやっておいてやりたいと思った これはイザークの自己満足なのかもしれない しかし、それでも… それでも、アスランに対して何かを与えてやりたかったのかもしれない 自己満足と言われようとも 甘いと言われようとも 今のアスランにはそれが必要なのだ イザークが毛布を持って部屋に戻ると まだ、そこにはイザークが部屋を出てから 少しも変わらぬ位置でアスランが寝ていた あの場所―戦場―に居た事が信じられない程にアスランの表情は柔らかく イザークだけではなく、ディアッカまでも苦笑を漏らしている 毛布を掛けてやっても、起きるどころか 身動き一つしないアスランにディアッカは少し、驚きを見せるが 苦笑を浮かべたままのイザークを見れば、これが本当のアスランの姿なのだろう あの状況で此所まで無防備になる事は死を意味し こんな風に幸せそうな表情で眠るのは無理に等しいが それでも、やはりアスランが望んで落ち着ける場所は此所なのだろう 戦争が停戦した後でもアスランの気が緩む事は無く 常に気を張らなくてはいけない状況であり 誰にも気を許す事などなかったのに イザークの姿を見ただけ… イザークの姿を見ただけで、アスランの身体は糸が切れたようにパタリ…と倒れたのだ それだけアスランにとってイザークは唯一、無条件で信じられる相手と言ってもいいだろう 「ったく…幸せそうな顔して寝てんな〜」 苦笑を浮かべながらディアッカがアスランの寝顔を眺めている 幸せそうな寝顔など、あの時では決して誰にも見せなかった いや、見せられなかった のほうが正しいだろうか…? 気を緩めれば薬を使用していた事がキラ達にバレてしまうかもしれない それ故に常に気を張り 周りに警戒していた 誰にもバレぬよう 誰にも悟らせぬよう アスランにしてみれば、戦闘のない日、時間でも 否、戦闘が無い時だからこそストレスが募っていただろう それが、イザークのそばでは気を許し、無防備に寝ている その寝顔はあの時、心配していた自分が少しマヌケにも思えてしまう程だ 「アスラ〜ン 折角、俺が遊びに来たんだから起きろ〜」 「だから、アスランを起こすなと言っているだろ!」 怒りながらも、イザークの雰囲気は変わらずに穏やかなもので 昔は尖った氷のような雰囲気が嘘のように思えてしまう だが、今思えばその氷のような雰囲気も アスランのA.Aに対する何かを感じとりながらも 何もする事が出来ずにいた苛立ちからだったのだろう 「ん…ディア…ッカ…?」 微かに掠れた声で目の前の人物の名を呼び まだ、ぼんやりとしている思考でアスランはゆっくりと起き上がるが 頭がゆらゆらと揺れ 正直、危なっかしい ここまで寝起きの悪いアスランなど A.Aやエターナル、クサナギのメンバーの誰が想像できるだろうか いや、恐らくはいないだろう この姿はアスランが本当に気を許してもいいと判断した者の前だけであり 悲しい事実であるが、今の所 このアスランの姿を知る者 アスランがこの姿を見せられる者、場所は 此処だけであろう 「アスラ〜ン 土産に桃のデザート持ってきたんだけど食べないのか?」 「食べる」 ディアッカは苦笑の笑みのまま 桃を土産にして正解だったな とアスランの頭を少し乱暴に撫でながら思い アスランは不満げに眉に皺を寄せながらも 抵抗しない所を見ると、ディアッカにも 心を開いている事が窺える イザークもそんな二人のやりとりに 何も言わずに読みかけていた本を開き 視線は文字をなぞり、外す事はない それはアスランにとってディアッカは負担にならない存在なのだと知っているからなのだろう アスランにとって負担となる人物はアスランが嫌がれば 会わせないどころか電話をアスランに繋ぐ事もない 何故、負担になる人物は全て拒絶しないのか? という疑問に思う者もいるだろう イザークはアスランが嫌がる者は拒むが 負担だと分かりながらもアスランが拒まなければ、イザークが拒む理由も権利もない 簡単にいえばイザークはアスランの意思を尊重してやりたいのだ ただ、上から押しつけてしまえば アスランは自分で何かを決断する事が出来なくなってしまうだろう 故にアスランの人生はアスランの意思で決めさせてやりたいのだ イザークのそんな考え方は確かに甘いかもしれないが しかし、今までのアスランは自分の意思で動いた事など数えるほどしかなく 常に父親の命令、隊長の命令通りに動いてきたのだ ならば、今くらいは甘やかしてもいいのではないだろうか 恐らく、この生活が終わってしまえばアスランはまた我慢を強いられるのであろう 自分の意思を押し込め 辛くても我慢し 泣きたくても泣かない なら、この一時だけでもアスランがアスランでいられるならば 甘いと言われようとも構わない と、そう思えるのだ 戦時中では 得られなかった時間 得られなかった安らぎ 諦めていた場所 それが今、此所に存在している 普通の生活では 恐らく忘れがちな、そんな細やかな幸せ だが、今のアスラン達には それがどうしようもなく嬉しいのだろう いつ、どんな決断が下されるか分からない だから、今を大切に過ごしたいのだ 「お〜し、じゃあ早速おやつの時間にでもするか!」 「じゃあお茶を…」 「ディアッカ」 「なんだよ、イザーク お前は食わないのか?」 「そうじゃない 茶はお前がやれ」 「俺、お客さんなんですけど?!」 「人の家に無断で入る客などいらん」 「分かりました、分かりましたよ〜」 渋々ながらも、そのやりとりにディアッカが少し満足そうにしているのは 恐らく間違いではない こんな馬鹿げたやりとりでも、今の三人には貴重な時間なのだから… イザークとディアッカの見慣れたやりとりに アスランも幸せそうに微笑み イザークの座っているソファに歩み寄ると その隣りに静かに座り、コトン…とその肩に身体を預けた 「嘘みたいだ…」 「何がだ」 「俺…あんな取り返しのつかない、馬鹿な事したのに… 今、すごく…幸せだ…」 「あの時は仕方なかろう お前も追い詰められていた… 誰もお前を責めたりしない 責める事が出来る者もいない」 「うん、ごめん…」 アスランは胸に込み上げてくる熱いモノを 誤魔化す様に瞳を閉じ その感情を自分の中だけで押し留めた だが、その込み上げてくるモノは決して『苦』ではなく 胸が苦しくて 涙が溢れそうなのは 嬉しくて幸せで…満たされてしまっているからである ごめん ごめんなさい ラスティ、ミゲル、ニコル… 父上 そして、ありがとう まだ、自分で自分が怖いけど まだ、自分が自分を信用出来ないけど まだ…自分で立ち上がる勇気が持てていないけれど… 生きるから 君達の想いを無駄にしないように生きるから だから 今、俺は大丈夫…幸せです 「はいはい、お茶がはいりましたよ〜」 「ほら、馬鹿な事を考えてないで桃はお前が好きなものだろ」 「あぁ」 少年達はこの時、まだ知らなかった 知る術などなかった これから少年達を取り巻く運命が 非情で 残酷なのだと… その時は誰も知らなかった… END |