永遠など信じているわけではなかった 出逢いがあるのだから 別れもある 分かっていた 分かりきっている事であった しかし、いつの間にか錯覚していたのだ 二人に別れなど存在しないのだと 一緒にいるのが当たり前で これはずっと続くものだと信じていた 幼いあの頃のように ずっと一緒なのだと… そう、信じて疑う事などしていなかった… 簡単な事を忘れ 気が付けば君はもう僕の元に存在していなかった 『自分自身であるという事』 最後はラクス・クラインの呼びかけにザフトが応えた事により 戦争は終わりを告げ キラ達はオーブへと戻り、静かな時間を過ごしていた …筈であった… 家の者は皆、出掛け この家にはキラとアスランのみとなり静かで穏やかな空気の中 その言葉は突然キラに投げかけられた 突然、彼―アスラン―から告げられた言葉にキラは ただ唖然とするしかなかった 本当に突然だったのだ 昨日も一昨日もそんな素振りなど見せなかったアスラン それが二人で静かに過ごしている空間でポツリと静かに告げられたのだ 「…キラ…もう一緒にはいられない…」 静かで穏やかな空間に相応しくないような言葉に キラは持っていた紅茶をその手から落としそうになるが それを制したのは僅かな抵抗なのかもしれない 自分が聞いた言葉は聞き間違いなのだと 「…アスラン…なに、言ってんの…?」 「ごめん…キラ…」 俯きながらもしっかりと発せられる言葉に これは聞き間違いなどではなく 事実なのだと認めざる得ない 震える手は悲しみからか怒りからか それは分からない キラ自身でさえも分からないだろう つい先程まで普通に自分と接していたアスラン それがいきなり別れの言葉を出したのだ 最初に出てくる言葉は―何故― それしか出てこないだろう 一緒にいるのが当たり前で どんなに意見が食い違おうとも最後には自分の元へ帰ってきてくれるのだと 自分の元へ帰ってくるのだと信じていた それが、今 彼は『一緒にはいられない』 その唇で確かに紡いだのだ 「訳わかんないよアスラン!!」 「ごめん、キラ…」 「僕に嫌気がさした? 僕が嫌いになった…?」 「嫌いじゃない…好きだから… 好きだから一緒に居られないんだ…」 「嫌いじゃないならなんで…!!」 「ごめん…俺が悪いんだ… 俺が弱いから…」 ―好きだから一緒に居られない― 確かに彼はそう言った 尚更、訳が分からないと頭は混乱するばかりだが それでも彼はそう言ったのだ 何度も照れながらも『好きだ』と言ってくれた唇で 何度も口付けを交わしたその唇で 確かに彼は言ったのだ ―好きだから一緒には居られない― 何度もしつこい位にその言葉ばかりがキラの中で繰り返されていた アスランから別れの言葉を出したという事は 彼なりに考えがあり それなりの理由もあるのだろう しかし、それが分かっていたとしても 簡単に納得出来る筈もない ―好きならば一緒にいればいいではないか― それがキラの考えであり キラが納得出来ない部分である 「嫌いじゃないなら別れる必要性なんてないじゃない」 キラの言葉を否定するように アスランは静かに だが、しっかかりと首を横に振ったのだ 首を横に振るたびに微かに見える翡翠の瞳は 潤んでいるようにも見える 辛いならば何故 悲しいならば何故 「可笑しいって言われても…構わない でも、俺はもう…」 「言ってる意味が分からないって言ってるでしょ!! 何でそうなるの!! 何でそういう風になるのさ!!」 「ごめん…キラ…」 「他に好きな子でも出来た? ならそう言ってくれれば僕だって……」 「違うよ… …違うんだ…」 キラの言葉を遮る様に言葉を発したアスランであったが 恐らくアスランが言葉を遮らなくとも キラの言葉は途中で途切れていただろう 『僕だって…』 その言葉の続きが見つからない それ以上の言葉を持ち合わせてなどいなかった 『僕だって…』 ―納得した?― いいや、納得などしない ―考える?― 考えたとしても最終的には答えは同じであろう 別れの言葉に納得など出来ない そんなものはアスランを少しでも引き止める口実でしかない …小さな最後の抵抗… その間に流されやすいアスランの事だ もしかしたら『ごめん、俺が間違ってた…』 そう言ってくれるかもしれない、と期待しているのかもしれない キラが言葉に詰まり グッ…と手に力を込めたままカップの中で静かに波打つ 琥珀色の紅茶を眺めていれば アスランは持っていた紅茶を静かに机の上に置き 座っていたソファから立ち上がった 「ごめん…キラ…」 「………」 「俺達、友達のままの方が良かったかもしれないな…」 ―そうすれば、互いに依存する事も 錯覚する事もなかったのに…― パタン…と閉まる扉の音が アスランがこの部屋から出ていたのだとキラに告げた ―友達のまま― アスランは全てを後悔しているのだろうか…? 『好き』だと言った事も 口付けを交わした事も 身体を重ねた事も 全てを後悔しているのだろうか…? 「…本当に錯覚してたかも…」 何をしても どんな事があろうとも アスランが自分の元から離れる事はない…と 身体を重ねる時も 多少乱暴にしたとしても 嫌がるアスランに無理矢理シたとしても… そう、あの時… アスランの機体を撃ってしまった時でさえ 錯覚していた… アスランが離れる事は決してないのだと… そう、思い込んで 彼を追い詰め それでも離れていいく事はない そう感じていたのは 彼が優しすぎたから… こんな事を思う自分の傲慢さに苦笑を浮かべるしかない パタン…―と閉じた扉の前でアスランた佇み 天井を見上げていた ―これで良かったのだ…― そう、無理矢理に自分を納得させて… 次第に瞳に溜まる涙にラクス達を初め子供達も皆が 家を出ている時にこの話をして良かったのだと 今更ながらにアスランはホッ…と息を吐きながら 重力に逆らえない涙が静かに頬を伝った 『ごめん…キラ…』 それしか言えなかった自分に苦笑を浮かべるしかない いや、それしか言えなかったのだ 何も考えずに別れの言葉を口にしたのではない 確かにキラを嫌いになったのでも 他に好きな子が出来たわけでもない しかし、離れたかったのだ 時間が欲しい…ではない 一緒に居られない そう思ってしまったのだ 理由を挙げるならば恐らく自分は怖かったのだろう これ以上、一緒に過ごして自分自身を失うのが怖かったのだ 自分の意思で行動したあの時 何かしたいと思っていた筈なのに 結果はキラの元に戻ってしまった あの時は議長に不信感があり 自分がスパイなのだと無実の罪を着せられた所為もあるのだが それでも結果はA.A―キラ―の元に帰ったのだ 他にも考えれば行く場所など合ったかもしれないのに ミネルバへ行けば事情を知っている艦長も動いてくれたかもしれない しかし、アスランが真っ先に思いついたのはキラ達の所であった 自分の意思で行動していてもキラに意見されてしまえば簡単に揺れ動いてしまう そして何時しか錯覚してしまいそうで怖かったのだ キラの言っている事は全て正しいのだと そうして依存している自分がどうしようもなく嫌だったのだ 自分の意思が消えていく そんな感覚さえ覚えてしまいそうであった 知らぬ間に侵食され 自分自身が消えそうだったのが怖かったのだろう そうして、キラの全てを許してしまいそうであったのだ キラがアスランに対してした行為ではない ミゲルを殺した事実 ニコルを殺した事実 ハイネを殺した事実 戦場を混乱させ、無くても良かった筈の犠牲を出してしまった事実 これは決してキラだけの責任だとも罪だとも言えないのだろう 悪いのは戦争 戦いであり憎しみなのだ しかし、キラが行った事実は消え去る事はない アスランは自分も仲間を死なせてしまった原因があると思っているのだ その事実さえ忘れ 許してしまいそうだったのだ 忘れてはならないのに… こんな悲劇を繰り返さぬ為にも忘れてはならない事実 しかし、そんな簡単な事さえ忘れ 自分だけ幸せに平和に 暖かな空間で過ごそうとしていた それがアスランにとっては耐え難い事であり キラから離れた理由でもある それは自分の弱さ それは自分の愚かさ 全ては自分が悪いのだ キラの所為にしているような言い訳は自分の弱さ 所詮は自分も汚い人間の一人に過ぎない… と、アスランは嘲笑気味に笑い また一粒、涙が零れた… アスランは頬に伝う涙を拭くの袖で拭うと 静かにキラ達の家を後にした アスランは悲劇の主人公になりたいとは思ってはいない 又、それを演じるつもりでもない 今の自分の気持ちを誰かに聞いてもらい、同情されたい訳でもない 勿論、ラクスを気遣って…という訳でもない キラから離れたのは自分の我が儘であり 自分自身の為なのだ だから、この気持ちは自分の中だけにしまっておくのだ 誰にも知られぬまま 誰にも悟られぬまま 自分はこの地を離れよう… そんなアスランが家を後にしたアスランが向かったのはオーブで亡くなった人達の為に作られた慰霊碑の前であった この地を離れる前にもう一度、ここを見ておきたいと思ったのは恐らくは三人が会えた最初で最後の場所であろうから… そして、シン達と此処で逢ったあの時に別れの言葉を口にしようと決心した瞬間であったのかもしれないと 思い出していた 潮風の中で手を握り 一緒に戦おうというキラの言葉にシンは涙を流し 二人は固く手を握っていた それを遠目で見ていた自分は他の者にはどう写っていたのだろう… ちゃんと見守っているように見えていただろうか それとも…この気持ちを誰かに勘付かれていただろうか… 三方向に別れて歩いたこの道はまるで自分達の未来の道を示していたようで 決して交わる事は無く真っ直ぐに伸びている このまま関係を続けていたとしても その内に依存しあえば 二人とも駄目になっていくのだろう 相手が幸せならそれで構わない 二人でいられるのであれば他など興味は無い 二人で一緒に居られるならば…と… アスランにとってキラがそんな風になるかもしれない関係をどう、思うのかは もう知る術はない だが、アスランはそんな関係ではいられないのだ それは我が儘であり 欲張りなのかもしれない しかし、アスランは自分の周りだけ…二人だけが幸せになる事など 許されない…そう考えてしまうのだ それを偽善と取る者もいるだろう 愚かだと罵る者もいるだろう しかし、それが父―パトリック・ザラ―と母―レノア・ザラ―の息子、アスラン・ザラという人間である そういえば…と アスランは潮風を全身に浴びながらフ…と思い出した事 前に一度だけ悪ふざけのように聞いた事はあるのだ ―互いに依存したような関係になってしまったら… 二人以外、世界が見えないようになってしまったら…― その問い掛けにキラは少しだけ驚いたような表情の後で いつも通りの笑みを浮かべると 確か…こう言ったのだ 「いいんじゃない? 他の人から見たらどうかは知らないけど… 二人が幸せなら、さ」 その言葉の裏にどんな感情が込められていたのかは知らない その言葉が本音なのかどうかも分かりはしない 悪ふざけのような問い掛けにキラなりの悪ふざけのような答えなのかもしれない それ以降は聞いてはいない 否、聞けなかった… の方が正しいのかもしれない キラの言葉を聞いていいる内に又、自分を侵食されそうで怖かったのかもしれないが それ以降は聞けなかったのだ… キラも自分を大切に思っているのは感じていた いや、そう信じたいのかもしれないが 自分に笑いかけてきた顔も 前に比べたら妙に大人びた声も 自分だけしかしらない一面も… それが偽りでないならば、キラも又 自分を想ってくれていたのだろう 「ごめん…」 今はそれしか告げられないけれど 君を好きだったことは偽りではなかったから… 別れの理由など人それぞれ 好きだから一緒に居られない それも一つの理由 それも一つのストーリー 自分が自分である為には仕方の無い事なのだろうか 依存しあう 愚かともとれる関係に 二人が受け入れる事が出来るのならば また、違う道も合ったかもしれないが… キラはともかく アスランにそいういった関係は無理であろう… ―END― |